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□ナツ、餅を焼く。
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ガヤガヤと騒がしい酒場の中。

上半身をまるでスライムのようにだらりと投げ出してカウンター上にしな垂れかかるナツは今、絶賛不機嫌中だった。

理由はというと言うまでもなく。
後ろで聞こえる二つの話し声だ。

一つは、楽しそうに話す相手にこちらも楽しそうに相槌を打つ低い声と、そしてもう一つは…。


「やっぱりあそこであの快進撃は流石だったよね」
「ああ、しかもその後の……、…」



(なんだよルーシィの奴…グレイとばっか話しやがって)


いつもなら横から聞こえてくるルーシィの声を今は背中で聞きながら、ナツはダラダラと言うより今にもドロドロと溶けていきそうな体を力無くカウンターで支えながらぷっくりと頬を膨らませた。

今日はまだルーシィと一言も言葉を交わしていない。
自分が来た時には既にあの状態だったしお互い話に夢中なのか、はたまた気付かなかったのか、傍を通った自分に見向きもしなかった。
カチンときて最初は割って入ろうと足音荒く近寄って行ったのだが、話の内容が本の話題だと知るや否や瞬時に行き先を変更。
そして今に至る、という訳で。

仕方なく二人が話し終わるまで待っていようとこれまで大人しくしていたのだがーー。


(うー……このままだと俺、死ぬかも…)


そろそろ我慢の限界だった。
大袈裟だがこの状況ーー正直どんな厳しい修行よりも辛い。
辛過ぎて、このままいくと本気で酸素不足…ならぬルーシィ不足で死んでしまいそうだった。

だからなのか、自分で課した殆ど意地にも近いお預けに想像以上のダメージを受けていたこの時のナツは、気付かなかった。


ーーポン、と肩が叩かれるまで、いつもなら気付く筈のその気配がすぐ後ろにまで迫っていたことに。







*****************







「ナーツ、どうしたのよ?」
「おわっっ!?」


全ての電源をオフにしていたため、叩かれた瞬間全身で飛び起きる。


「あでっ!」
「ぎゃっ!?」


しかし、突如襲った後頭部の衝撃にナツは再びカウンター上へと倒れ込んだ。


「っ…、……っ…」


ワンバウンドしたせいかしこたま打ち付けた鼻が痛い。
後頭部の激痛と両方に悶絶しながらも、ナツはもう一度、今度はゆっくりと上体を起こしてから勢い良く後ろを振り返った。


「おっ前、なにすんだよ!」


涙目で、同じく涙目のルーシィを睨みつける。
どうやらこちらは顎を打ち付けたようで指の隙間から見える部分がほのかに赤い。
うっかり差し伸べそうになった手を慌ててマフラーへ持っていくと、意味も無く巻き直すフリをしながらナツはフンと鼻を鳴らした。


「真上にいたルーシィが悪い」
「なっ?!あんたのせいでしょ!」
「なんで俺のせいなんだよ!」
「ナツがいきなり飛び起きるから!」
「あれはルーシィがびっくりさせたからだろ!」
「びっくりなんかさせてないわよ!あんたがなんか元気ないみたいだったから心配して声かけたんじゃない!」
「誰のせいで元気なかったと思ってんだよ!」
「はあ?なによそれ?あたしのせいだっての?意味わかんない!」
「わかんねーんだったらそのでか乳にでも手ぇ当ててよく考えるんだな!」
「ちょ、なにそのセクハラ発言!」


額と額を突き合わせてポンポン飛び出す売り言葉に買い言葉。
互いが互いに一歩も引かない両者の間には見えない火花がバチバチと散っていた。


「だいたいあんたねえ!」
「んだよ!」


いよいよそれがヒートアップしそうになった正にその時。


「はーい二人とも、そろそろその辺でお終いにしましょうね」


そんな二人の痴話喧嘩にしか見えない口喧嘩を止めたのは、カウンター内から一部始終を見守っていた看板娘の一声だった。






*****************







「ミラ」
「ミラさん!…聞いてくださいよ!せっかく心配して声かけたのにナツの奴……」
「そうねえ。私もセクハラはどうかと思うのよねえ」


のほほんと、いつの間にか話に加わっているミラジェーンの微妙にズレた発言に一気に脱力する。
ナツはカウンターに肘をつくと、ムスッと不貞腐れたように口を尖らせた。


「だから…俺がいつそんなこと」


言いながら、そっぽを向く。
しかし、次に聞こえた発言で即座に回れ右するハメになった。


「それに、いくら寂しかったからって本人に八つ当たりしちゃダメよね?ナツ」
「なっ?!」
「へ?」


最早全てを見透かしているであろう魔人スマイルを前に、けたたましい警戒音がナツの脳内で鳴り響く。


ーーエマージェンシー!エマージェンシー!すぐにこの場から退避せよ!ーー


「なっ、な?!」
「ルーシィ、今日のナツってちょっと変じゃなかった?」
「え?…あ…そう言えば、そうですね。元気ない上になんか機嫌悪いっていうか…」
「でしょ?それ、なんでか教えてあげましょうか?」
「え…?」
「っ…!?」


魔人の楽しげな表情がチラリと自分に向いた途端、ナツはガタン!と立ち上がった。


ヤバイ!ヤバすぎる!


「俺!ちょっと用事……」


なんて、ほんとは何もない。
が、これ以上ここに居たら、マズイ!
一刻も早くこの場から逃げなければ。


「思い出したか、ら……?」


そのままくるりと方向転換しようとしたナツだったが、不意に感じた頭の上の違和感にふと足が止まる。


(なんか……乗ってる?)


犯人は確実にあの小憎らしい微笑みを浮かべた魔人だろうということは見ても見なくても分かったが、一体何を乗せられた?

半身を捻って一時停止した状態のまま半眼だけを向けると、それが通じたのか、目の前のミラジェーンがにっこりと微笑んだ。


「ナツはさっき、これをグレイにやいてたのよね?」
「あ?なに」


ーー言ってんだ?


そう言おうとしたナツの声が、横から聞こえた小さな呟きに遮られる。


「やき……もち?」
「っ!!」


その瞬間、真っ赤になったナツの上で丁度良く焦げ目を付けた餅が大きく膨らんだ。











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