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□露天風呂の中心で愛を囁く
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「あ」
ーーと思った時には既に体は宙を舞っていた。
交わしきれると踏んだカウンターが途中でアッパーに変わりそれを見事顎に食らったのだ…と考える間にも、眼前を満点の星々が流れ星のように掠めていく。
そのまま盛大な音を立てて何かを突き破り物凄い水飛沫を上げながら俺は、落ちた。
その、落ちた先で俺が目にしたのはーー
「ナツ、貴様……覗きとはいい度胸だな」
この世のありとあらゆる全ての恐怖を凌駕したようなーーそれ、その眼光だけで何体のバルカン射殺せんだよ、みたいな。
とにかく、目の前に立っていたのは素っ裸の仁王立ちで殺人鬼並に眼光鋭く俺を睨むーーエルザの姿だった。
湯気立つ露天風呂の一角。
「…ほう。とするとお前たちは相撲をとっていた、と?」
石畳に正座した俺は腫れ上がった瞼のせいで見えにくい視界をなんとか目一杯開いて、コクコクと必死に頷いた。
横ではさっき俺を投げ飛ばした張本人…もといこの騒動の共犯者でもあるグレイが同じように正座して、同じように何度も頷いている。
バスタオル一枚で腕を組むエルザから放たれる重圧に押しつぶされながらも、俺は恐る恐るその顔を見上げた。
もちろん目線は合わせない。
合わせたら、今度こそ三途の川を渡るハメになる。
俺はまだ死にたくない。
「おう、あ…はい、ソウデス。さっきのは相撲とってて。なんつーか…勢い余ったっつーか…。な?グレイ!」
「お、おう、そうなんだよエルザ!俺たちつい勝負に夢中で…ヒートアップしちまってよ」
真実を隠すのに必死な俺たちは互いの肩を組みながら、さも仲良さげに笑って見せた。
打ち合わせてもいないのにこういう時だけ息がぴったりなのは長年の経験によるものだろう。
心底嫌でも身に付いてしまったものはしょうがない。
阿吽の呼吸を合言葉に、俺たちは目の前にそびえ立つエルザに向かって額をめり込ます勢いで頭ごと石畳に擦り付けた。
「わざとじゃなかったんだ!」
「そう!決してわざとじゃなかった!」
「もうしません!この通り!」
「大人しくします!この通り!」
「ごめんなさいでした!!」
「すいませんでした!許してください!!」
心から(かどうかは神のみぞ知る)の謝罪の言葉を交互にぶちまけた瞬間、遠くで誰かがぷっと噴き出したのが耳に届く。
「く、ふふ…。…エルザ、もう許してあげたら?」
「ルーシィ」
「ナツたちも十分反省してるみたいだし…旅館の人達も謝ればきっと許してくれるよ」
女神だ、と思った。
全てを包み込むような微笑みをたたえながら岩に肘をついて半身浴をする金髪の女神に、思わず立ち上がりかけてーー
「今日は上手いこと仕事も片付いたから報酬も全額もらえたし、壊した分の弁償代は二人の取り分から払ってもらうとしてさ。ね?」
可愛らしく微笑んだままそんなことを残酷に言い放つ金髪女神ことルーシィを視界に捉えたまま、俺はヘナヘナとその場にくずおれた。
見ると、俯いたグレイの横顔にも暗い影が落ちている。
打ちひしがれる俺たちの頭上でエルザがうむ、と頷いた。
「…そうだな。ルーシィが言うように二人の誠意も十分伝わってきた」
「じゃあ…」
「許して、もらえんのか」
同時に、バッ、と顔を上げる。
「ああ」
「…はぁ〜」
「よかっ」
「だが、次また同じようなことが起きたら…お前たち、分かっているな?」
「「ハイッ!!肝に命じておきます!!」」
「よし、以後気を付けるように」
「「ハイッ!!」」
「ふふ。よかったね二人とも」
「おう!」
「姫さんも、悪かったな、騒がせちまって」
「ほんとよー、せっかくいい気分で温泉浸かってたのに。ギルドと違ってここは公共の場なんだからね?」
「ぅ…そ、そうだよな…スマン」
「ケケ、怒られてやんの、ダッセー」
「ナツ!言っとくけどあんたもだからね!」
「うぐっ……ゴメンナサイ」
今回だけは言い返せない俺を見て何を思ったか、それまであっちとこっちで交わされるやり取りを見守っていたエルザがいきなりパンと手を打った。
かと思ったら、いきなり腕を掴まれてそのままズルズルと引き摺られる。
右手に俺、左手にグレイをぶら下げたまま露天風呂を囲う岩の淵まで辿り着くとエルザは次の瞬間、満面の笑みでこう言い放った。
「お前たちも一緒に入るか?」
…………。
「は?」
「へ?」
ここまで引き摺ってきておいて、何故疑問系なのか?
そもそもここって女湯じゃなかったか?
うっわこの温泉、めちゃくちゃ透き通ってんじゃんーー
とか。
色々と考えてるうちに、目の前でバシャバシャと水飛沫が上がった。
「え?ちょ、ちょちょちょちょっとエルザ?!」
「このままでは二人とも湯冷めしてしまうからな。もう夜も遅い。こんな時間に入りにくる者もそう居ないだろう」
平然と言ってのけるエルザに「居たらどーすんだ」が咄嗟に出てこない。
同じことを思ったらしいグレイの「居たらどーすんだ」と喚く声が酷く遠くに聞こえた。
そんなことより。
「だ、だからってあたし……は、ハダ…」
「っ…」
見ちゃダメだ、と思えば思う程、目が釘付けになる。
背を向けられているとは言え、水中でゆらゆら揺れる肌色に知らず喉が鳴った。
「ルー…」
呼びかけて、
「え…あ、ゃ…」
潤んだ瞳と目が合った瞬間ーー
「ぅるあああっ!!」
「がぁっっ!?」
気付けば俺は、左隣りにぶら下がっていたグレイの顎へと渾身の力を込めて、アッパーを食らわせていた。
ーー星が綺麗な、夜だった。
おまけ→