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□ゆめと現実
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ふと、夜中に目が醒めて。
隣りで寝ているルーシィを見て。
あれ、なんでルーシィが俺んちの、しかも俺の隣りで寝てんだ?とか思いながら。
暫く考えたけど、寝起きのせいかどうも曖昧な記憶をそれ以上追求するのは一先ず放棄して。

それどころじゃなかったんだ、と俺は急いでその肩を揺り動かした。


「ルーシィ!おい、起きろルーシィ!」
「…んん?」


むにゃむにゃと口は動かすもののまだ目が開かないルーシィを更に揺さぶる。


「なぁ、起きろって、ルーシィー!」
「ぅう…ん?…な、つ?」
「おう、俺だ。ナツだ」
「もぉ…なんなのよ?あたし…眠い…」
「寝るな!起きろ!」


起きろ起きろと俺が急かすと、欠伸を噛み殺した目を擦りながらルーシィがノロノロと起き上がった。
壁に掛かった時計を見てから「まだ二時じゃない」と眠そうな声で呟く。
言外に、何故こんな時間に叩き起こすんだ?と含ませながら。

今にも閉じてしまいそうな瞼と必死に闘っているその姿に悪ぃ、と口早に謝ってでも本当にそれどころじゃなかった俺はこの興奮が冷めやらぬうちに!と若干抑えた声をウキウキと弾ませた。


「予知夢を見たんだっ!」
「はぁ、予知夢?」
「うん!」


深夜二時にも関わらず全開に笑って頷いた俺の横で、ルーシィがあからさまに呆れた顔を作る。
あー、この顔は…。
きっと、それを聞かせたいがためだけにあたしを叩き起こしたの?とかなんとか思ってんだろうな。

けど俺の性格を充分に理解してくれてるルーシィは顔はそのままだったが一つ溜息を落とすと「どんな?」と聞いてくれた。
まぁ、聞いてくれるまで寝かさない!と俺が熱意を籠めた目で見つめ続けたせいもあるだろうけど。

完全に聞く体制に入ったルーシィが掛け布団を顎下まで引き上げる。
隙間にひやりと冷たい夜の空気が滑り込んで、俺は拳一つ分空いてしまったその距離を座ったままズリズリと埋めた。
いつまで経っても「近い!」と言われないことに、あれ?と少しだけ違和感を覚えながら。


「……なぁ?」
「なぁに?」
「えっ、と……なんでもない、です」
「なによ?変なナツ」


クスクスと、ルーシィだけどルーシィじゃないようなーー今まで見たことないような顔で、ルーシィが笑う。
まるで、花咲くように。
それが本当に可愛くて、綺麗で…。

(ん?…綺麗?)

そこで俺は、はたと気づく。
綺麗、なんて。
そんなこと、ルーシィに思ったのはこれが初めてかもしれない。
今までだってこんな風に笑うルーシィは何度も見てきた。
でも、その笑顔に、甘い菓子をたらふく食わされた後みたいな感覚にさせられたのは初めてだった。

甘い。あまい。

こんな顔して笑うルーシィ、俺は知らないーー。


「で?どんな予知夢だったのよ?こんな時間に叩き起こしたんだからそれ相応の内容じゃなかったら…叩き出すわよ?」


このベッドからーーそう言って、ジト目で俺を見上げてくるその顔はもういつものルーシィで。


「ぁ、ああ…って、自分のベッドから叩き出されんのかよ俺」


反射的に繰り出したツッコミをなんとか溜息混じりに返してから、俺はさっき見た夢の内容を舌にのせた。

ーー思えばこの時点で、いやもっと前…そう、目が醒めたあの時から、ずっと感じていたその違和感の正体に気づいていればよかったんだーー。



「どこだかわかんねぇけど、どっかの草原にいたんだ」
「誰が?」
「俺とルーシィが。あとハッピーも」
「うん」
「花がいっぱい咲いててさ。そこで弁当とか広げて、みんなすっげぇ楽しそうにしてるんだ」
「うん」
「んで、なんかみんな楽しそうに同じ方見て笑ってるから、俺もそっち見たんだ」
「うん」


そこまで一気にしゃべって、俺は静かに息を吐いた。

チラリと見たルーシィが、夢の中のルーシィと重なる。
柔らかく弧を描いた口元が、もう一度「うん」と答えた。


「そしたら…」
「そしたら?」


心臓が、音を立てて動き出す。
俺はその時の情景を思い出しながらぎゅっとシーツを握り締めた。


「…居たんだ、子供が」
「子供?」
「ああ。三、四歳ぐらいのガキで、ボヤけててよく見えなかったけど髪の色が…ピンクだった」
「子供の頃のナツが居たってこと?」
「いあ、違う。俺も一瞬そう思ったけど良く見るとそいつの髪、腰まで長くてさ。振り向いたら…女だったんだ」
「女の子?」
「…それも、顔がルーシィのちっこい時そっくりの」


確証はない。
けど不思議と、これはそうだ!という絶対の自信があった。

夢の中のみんなが優しい顔して見つめる先。
そこにーー俺とルーシィの子供が、楽しそうに飛び跳ねながらこっちに向かって手を振っていた。


「…そこで目が醒めて、さ」


手が。全身が、震える。
起きた瞬間の、あの例えようもない幸福感。
それがまた、蘇る。

夢、というのは内に秘められた願望が時に夢となって現れることがあるーーと聞いたことがある。
だから起きた瞬間の俺は、妙にすんなりそれを納得することができた。

“ルーシィが好き”という、ずっとずっと前から持っていたその気持ちを。
“ルーシィと本当の意味で家族になりたい”という願望が、いつの間にやらあったことを。

ルーシィは仲間だ。
そう思ってたのは、昨日までの話。
ただし、それは俺の中だけ。
ルーシィが俺のことをどう思ってるのかはまだ分からない。
この話を聞かせて、ルーシィがどう出るか…。

多少の不安と期待と、未だかつてない程の緊張感がないまぜになって俺に押し寄せる。

何故か突然降りた沈黙に耐えられなくなって、俺は口を開いた。


「…な?それ相応の内容だったろ?」


少し声が震えた気がするが、許してほしい。

その時、黙ったままだったルーシィが、ふふっと笑った。
同時に、トン、と肩に何かが当たる。
見ると俺の肩に頭を傾けて、ルーシィが上目遣いに俺を見上げていた。

あの、綺麗な笑顔で。
そんでもって、とても、幸せそうに。


「…え?」


俺は思わず目を見開いてそれを見下ろした。
だって、そんな顔も俺、知らないーー。


「そうね。ちゃんとそれ相応の内容だったから、叩き出すのは無しにしてあげる」
「ぁ…、そ、それ、まじでするつもりだったのかよ」
「でもね」
「え?」


今度のはほとんど凝視に近かった。
斜め下にあるルーシィの顔が…というより、周りの景色全部がグニャリと歪み出したから。


「なんっ⁈なんだこれ⁈」


慌てる俺。
そんな俺を置いてけぼりにして、相変わらず幸せそうに笑うルーシィ。


「それ、予知夢じゃなくて正夢よ?それも、現在進行形でね」


ほら、と歪んだ空間の中で同じく歪んだ細い指が指し示す方向を霞む目で辿ってーー


「…まじかよ」


俺は、小さく呟いた。

小さなベビーベッド。
その中に、俺と同じピンク色の髪をしたこれまた小さな赤ん坊がスヨスヨと眠っている。

ーーああ、やっぱ顔はルーシィそっくりなんだな。

そんなことを思いながら、俺はついに歪んで何も見えなくなった視界に瞼を降ろして、それきり、意識を手放した。








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