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□桜とキミ。
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ゴツゴツとした岩肌の所々できた窪みに片手両足で突っ張る。
上を見て、次に下を見てからナツはふうと息を吐き出した。
「…あっぶねー……間一髪だったな」
続けて、ケガねぇか?と顎下の金髪に尋ねる。
コクリと頷いた後頭部にそか、と頷き返すとナツはよかった、と小さく笑った。
ーー古城跡地の調査。
その途中、おそらく時が経ちすぎて劣化していたのだろう。
突然崩れた床に足を取られて落ちた。
幸い壁と壁の間隔が狭かったおかげでなんとか下まで落ちずに済んだが、あと一歩間違えれば確実に真っ逆さまだったことは間違いない。
半強制的に乗せられた列車に揺られて三時間。
こんな所でスプラッタはご免だ。
それに調査だってまだ城内の半分も調べていない。
しかしいくら辺りを見回しても在るのは壁、壁、壁。
それとおそらく目のいい自分にしか捉えられないだろう底無し沼のような着地点と、随分と高い位置に見えるぽっかりと空いた丸い穴だけーー。
(高ぇな…)
その微かに漏れる光を見上げて、ナツはグ、と奥歯を噛んだ。
現在地からして約三十メートル。
自力で登ろうにも落ちる途中うっかりと右足を挫いたらしく、正直自信がない。
片手片足でもなんとか登れなくはないが、もし滑って落ちたりなんかしたら……
(っムリ、絶っ対、ムリ!)
一瞬考えてしまった最悪のifに勢い良く首を振る。
直後、ゔっと聞こえた声にナツは慌てて全身の強張りと共に思い切り籠めてしまっていた腕の力を緩めた。
「悪ぃ、ルーシィ、大丈夫か?」
「ぅ…ケホッ……うん」
自分の身体の上でコホコホと苦しそうに咳き込むルーシィの背中をぎこちなく摩る。
ぴったりと隙間なく密着した部分から伝わるムニムニとした感触が明確に脳へと伝わるその前に、ナツは再度口を開いた。
「わ、悪いっ、ちょっと考え事してて」
「コホ、だいじょ…ぶ」
「ん、そか」
言いながら、さりげなく全身に目を凝らす。
剥き出しの腕や足、そのどこにも目立った外傷がないことを確認すると、ナツは改めて胸を撫で下ろした。
落ちたのが自分一人だけだったら…と後悔しても今更だ。
できることなら数分前までの呑気な自分を殴り飛ばしたい。
が、いくら頑張った所で無理なので溜息と共にそのイライラを宙へと逃す。
元はと言えば、完全に自分の不注意。
あれだけ「跡地は地盤が弛んでいるからくれぐれも慎重に歩くように」と釘を差されていたのに…。
とは言え、腐敗した木材やら石ころが落下する中傷一つ付けずルーシィを守れたことだけは不幸中の幸いだったのかもしれない。
ナツは腹の上に乗せた身体を支える片腕にぎゅっと力を籠めた。
確かめるように、抱きしめる。
ーーとにかく、無事でよかった。
丁度良く顎に触れていた後頭部に頬を擦り寄せたところで、ルーシィの肩がビクッと上下した。
胸を押されて、ルーシィが起き上がる。
「な、ナツ…?どうしたの?」
「ん?んん…。確かめてる」
「確かめてる?なにを?」
「ルーシィを」
「へ?」
だからじっとしてろーーそう言って有無を言わさず腕を引くと、面白いほど身を固くした身体が息を詰めたのが服越しに伝わった。
***************
「ナツ…ごめんね」
暫く無言でルーシィを抱きしめていたナツの耳に、小さな声が届いた。
「んあ、何が?」
「元はと言えばあたしのせいで…あたしが無理矢理連れて来なければこんなことには…」
キュ、と服を掴まれる感覚。
ナツはそれをあやすように目の前の背中をゆっくりと撫でた。
「そんなん、ルーシィのせいじゃねえだろ」
「でも…」
「…まあ、確かに家賃が危ねえっつって血相変えたお前に無理矢理連れて来られはしたけど」
「う…」
「でもそれとこれとは関係ねえし、第一俺がもっとちゃんとルーシィの言うこと聞いてればよかったんだ」
「それは……そうだけど」
「だろ?だからルーシィは謝んなって」
言いながら、指通りのいい髪をすくって耳にかけてやる。
むず痒そうに肩を竦めたあと、小さく頷いた金髪に、ナツは苦笑いを向けた。
「俺のほうがすまんかった」
「…ううん」
フルフルと頭を振って、ルーシィが顔を上げる。
意図せず見つめ合う形となった状況が今更になって顔に熱を集め出して、ナツは慌てて目線を逸らした。
途端ーーそれは、起きた。
「なんだ?あれ…」
「え?」
はるか上空ーー自分たちが落ちてきた穴から、幾つもの何やら白いものがまるで雪のようにヒラヒラと舞い降りてくる。
「え、なに…雪?」
「いや、違う。これは…」
パチクリと瞬きを繰り返すルーシィ越しにその光景を見上げていたナツは、漸くはっきりと捉えたその正体に、おお!と声を上げてから、ポツリと呟いた。
「桜だ」
「桜?…あ、ほんとだ!桜の花びら」
「そう言や、この屋敷の敷地内にやたらどでかいのが一本だけあったな」
「じゃあ、あれがここまで飛んできたってこと?」
「だろうな。この屋敷そこら中吹き抜けだらけだし、それが風に流れてこの穴にまで飛んできたんだろ」
「へぇ…ちょっと暗くて見づらいけど、綺麗ね」
微かな光を頼りに、細い腕を伸ばしてルーシィがふふっと笑う。
「そだな」
自分も手の平を翳してヒラヒラと落ちてきた花びらを受け止めると、それを今度は目の前の金髪に乗せた。
ーーお前のほうが綺麗だ。
喉元まで出かかった言葉を、慌てて飲み込みながら。
そろそろ痺れ始めてきた片手両足のことは考えないようにして。
(もう少し、このままでもいいか)
ナツはもう一度、自分の腕の中で楽しそうに桜の花びらが舞い落ちてくる光景を見上げるルーシィをしっかりと抱え直した。
ーーちなみに。
数分前に思い付いていた“ルーシィの星霊のモコモコ女ことアリエスに大量にモコモコを出してもらって脱出”という脱出方法はーー
(今はまだ、言わないでおこう…)