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□桜の中で。
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小高い丘を中盤まで登っていたルーシィはだんだんと見え始めてきた景色に思わず足を止めて感動の声を上げた。


「う、わぁ…!」


眼前に広がる、桃色一色。
まるでこちらの視界を覆い尽くさんばかりに咲き誇る見事なまでの桜の大群に、目を奪われる。

暫くその光景に魅入っていたルーシィだったがふと一色だけだと思っていた中に不釣り合いな黒が紛れていることに気付いて、クスリと笑みを零した。


「やっと見つけた」


近付いて、いつの間にか滑り落ちてしまったのであろう一冊の本をその傍らから拾い上げる。
それを腕に抱えて膝を折ると、ルーシィは木を背もたれにして気持ち良さそうに眠る目の前のナツに向かって極小さな声で囁いた。


「…これは返してもらうわよ」


木を隠すなら森の中、と言う言葉があるけれど、成る程これならぱっと見ただけではわからないかもしれない。

デコピンをする代わりに、彼の髪に手を伸ばす。
触れるか触れないかくらいの強さでそこを撫でると桃色の花弁が数枚、ヒラヒラと宙を舞った。


「なによ、気持ち良さそうに寝ちゃって…」


風に揺れる毛先がくすぐったいのか、ナツが目を閉じたまま小さく唸る。
どう頑張っても毒気を抜かれてしまうそのしかめっ面にせめてもの反抗のつもりでイー、と歯を見せると、ルーシィは再び穏やかな寝息を立て始めたナツの隣りへと静かに腰を下ろした。


読書の時間を奪われて、本まで奪われて。
挙げ句の果てに散々追いかけ回したナツを途中で見失ってから早二時間強。
おかげでマグノリア中を走り回るはめになった足はもう、使い物にならない。
見付かったからよかったものの、なにも構って欲しかったから、という理由だけで鬼ごっことかくれんぼの両方をするのは勘弁してほしい。


ルーシィは背中を浮かせて首を反らすと頭上で満開に咲き乱れる桜の花々に目線を移した。

絶好のお花見日和。
そんな言葉がぴったり合うほど、今日はポカポカ陽気だ。


「…なんか…あたしまで眠くなってきちゃった」


走って探して追いかけて。
結局、走り通しな一日になってしまったけれど、こんな心地良い疲労感もたまには悪くない。

ふぁ、と欠伸をしながら、軽く伸びをする。
足を伸ばして座る彼にならって自分も足を伸ばすと、ルーシィは少しだけ迷ってから後ろの木に頭を預けた。

けれど、すぐに位置を変えて。


「散々振り回してくれたバツよ」


コテン、とすぐ横にある肩に頭を傾けながら、ゆっくりと目を閉じた。







ーーそのすぐあと。



「…こんなバツだったら…毎回でもいいや」


そう呟いて、自分に身を寄せて眠るルーシィの肩をそっと抱くナツの姿をーー

桜だけが見ていた。





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