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□きゅ、きゅ。
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「………」


ベッドを背もたれに床に座っていたあたしはチラリ、と隣りに目線をやってからパタン、と膝の上に広げていた本を閉じた。

仕事が休みのこの日のために、と昨日買ったばかりの本だったけど…。
多分今日はもう当分読めないだろう。

吐き出した溜息と一緒に「あのねぇ」と声を出す。

こめかみを押さえて振り向いたあたしの横でさっきから微動だにしなかったナツがキョトンとしながら頭を斜めにした。


「なんだ?」
「なんだ?はこっちの台詞よ!さっきからなんなのよその手は!集中できないじゃない!」
「あ?手?」


「それよそれ!」と指差すと、空中で静止したままだった左手が一瞬遅れてピクリと反応する。
今気付きました、みたいな顔でその手を引っ込めたナツに、あたしは呆れた顔をしてみせた。


「無意識だったの?」
「お、おう…」
「さっきからフラフラフラフラあたしの右手の上空中遊泳してたくせに?」
「お…おう」
「なんで?」
「へ?」
「なにがしたかったの?」


なるべく何でもないことのように聞く。
…というのも、ちょっと思うところがあったからだ。

あたしの考えが間違いじゃなかったら、きっとナツはーー。

暫くしどろもどろしていた目線が床に投げ出したあたしの右手に、やっぱりとまる。

あたしは一度ギュ、と右手を握ると勇気を出してまた浮きかけていたナツの左手を下から掴んだ。


「っ…!」
「…こう、したかったの?」
「……うん」


ナツにしては小さい返事だったけど、それに反して手のほうはしっかりと握り返してくる。

大きな手にすっぽりと包まれた自分の手を上から眺めながら、あたしは今更ながら顔から火が出そうになった。


(自分から、繋ぎにいっちゃった…)


頭の中で、プルプルと二頭身くらいの自分が頭を振る。


(で、でも、あのままいてもあのビミョーな空気に耐えられそうになかったし…だから、これでいいのよ!)


と、時間にして約数秒で自己完結に至ると、あたしは自分の行動を正当化した。

けど、正当化したらしたで、今度は欲が出てきてしまって…。


「ん?なんだ?」


もぞもぞとした動きに気付いたのか、いつの間にか普段の調子を取り戻したナツが不思議そうにこっちを振り返った。

ふ、と手のひらの重みが軽くなる。
その隙にあたしは思いきって指を開くとすぐにナツの手を追いかけた。

きゅ、と絡めた指に力を入れる。


「や、やっぱり…こう、がいいな」
「あ?…っ、お……おう」


一瞬遅れておずおずと握り返されるも、返ってきた返事が遠い。

多分ナツ、今向こうを向いてる。

怖いもの見たさで見てしまったけど、やっぱり失敗したかもしれない、とあたしはすぐに悟った。


「!」


桜髮から覗くナツの耳は、真っ赤だった。
急いであたしもそっぽを向く。


(うわぁ!うわぁー!)


やばい!
さっきの比じゃないくらい、ほっぺが熱い!

あたしは必死になって深呼吸を繰り返した。

一刻も早く落ち着かないと、このドキドキとうるさい心臓の音が繋がっている手を伝って隣りのナツにバレてしまう。

暫く吸って吐いてを続けていると横から「っしゃ!」と言う声が聞こえてきて、あたしは机の方に向けていた顔をゆっくりと戻して、それからナツへと向けた。
ナツは丁度、反対の手で小さなガッツポーズを作っているところだった。


「あー。なんか、いいな。コレ」


見られていることに気付いていたらしく、振り向いた顔がニカっと白い歯を見せる。

その顔がすごく楽しそうに…ううん、嬉しそうに見えたから、自然とあたしも笑顔を返していた。
それと一緒に、きゅ、と繋いだ手にも少しだけ力を込める。


「ちょっと暑いけどね」
「…わりかったな」


ここまでが限界なんだよ、と続けて、同じ力で返されるから。

あたしの心臓がまた、ドキン、と音を立て始めた。

静かな部屋に聞こえるのは、自分の心臓の音と微かにしている冷房魔水晶のコォー、という音だけ。
その中でほどよく冷房が当たっている体の外側は涼しいのに、内側と、ナツと繋がってる手だけがかぁ、と燃えるように熱い。

あたしは絶対赤みが増したであろう顔を隠そうと、目を瞑ってひたすら下を向くことに専念した。

これ以上このドキドキが増幅してしまったらきっとあたしは溶けてしまう。

一向に正常にならない心音に焦って「落ち着け、落ち着け」がだんだん「止まれ、止まれ」になってきた頃、不意に「なあ」と呼ばれた。

慌てて顔を上げる。


「なっ!なにっ⁈」
「…なに、そんな焦ってんだ?」
「へっ?あ、や…なんでもない、よ?…それよりなに?呼んだ?」
「あ、おう。んや、温度、下げてみたんだが」
「え?」
「どうだ?」


さっきよか熱くねえと思うんだけど…
そう言って、ナツがあたしの手ごと手を持ち上げる。
目線の高さまでになったそれを数秒見つめてから、あたしは「ぁ」と小さく声を漏らした。


「熱くな…あれ?…く、ないよ?」
「は?」
「熱いよ?」


言いながら、宙で繋いだままの手をひっくり返したり斜めにしてみたりする。


「うん。熱い」
「ウソつけぇ!」
「ウソじゃないもん!ほんとに熱いもん!」
「んなわけねぇよ!だって俺がんばったもん!」


それまでされるがままだったナツがぐ、と指に力を込めた。
おかげでさっきまであった隙間がぴったりとくっ付いて、更に熱い。

何度かぐ、ぐ、と圧をかけたあと、何かに気付いたようにナツがこっちを振り返った。


「てかこれ、俺じゃなくてルーシィのほうがあちいじゃん」
「ええ⁈」


言われて、自分の手に意識を向けてみた。


「…あ」


と、半開きにした口がそのまま止まる。
目だけを動かして見上げたあたしに、ナツが「な?」と小首を傾げた。


確かに熱いのは、あたしの手のほうだった。
ナツの手は、いつもの高温がまるで嘘のように常温だった。

温度の高いあたしの手をまじまじと見つめて「いつもと逆だな」とナツが呟く。
「不思議な感覚…」とだけ返して、あたしは一度ふぅ、と息を吐いた。


「どした?」
「…ちょっと、待ってて」
「ん?」
「あたしも、下げる」
「下げる、て…温度をか?できんのか?」
「わかんっ、ないっ」
「やー、ムリだ、っ⁈いっっ⁉︎」
「ふんぬぬぬ…!」
「い、痛えっ!ルーシィ痛え!手ぇ潰れるっ!」
「潰れるかっ!」


ぐおお、と呻くナツの手から「そんなに力入れてないでしょ!」と付け足しながら力を抜く。
くっきりと残った指の痕にギクリとしつつも、さり気ない仕草で隠すようにして、あたしはもう一度その手に指を絡めた。


「ど?下がった?」


ニッ、と笑ってそう聞くとぶぅ、と膨らんだほっぺたが視界に入る。


「…じんじんしてる」
「あはは、ごめんごめん」


思わず笑ってしまったら、今度は半眼が向けられた。


「残忍なヤツ」
「もー、だから謝ってるでしょー」
「笑いながら謝られてもなー…全然誠意伝わってこねえし」
「だぁってー」


尚もくすくすと笑い続けていると、それまでジト目であたしを睨んでいたナツのとんがった口からプスー、と空気が抜ける。
そうしてから、ふ、とその口元が緩んだ。

浮いたままだった手が、ゆっくりと床へ下ろされる。


「熱、下がったな」
「え?ほんと?」
「うん。さっきよりは下がってる」
「んん…自分じゃよくわかんないんだけど」
「俺にはわかる」
「へー、さすが専門家」
「まぁな」


フフン、と得意げに鼻を鳴らしたかと思ったら、次の瞬間、ちょっと長めの溜息が聞こえてきた。
「なに?」と言おうとした言葉に、ぼそぼそとよく聞き取れない声が被さる。


「…え、なに?聞こえない」


覗き込むように身を乗り出したあたしから顔を避けるようにして、ナツは反対を向いてしまった。
限界まで逸らした横顔が、マフラーで隠れてるせいで上半分しか見えない。


「んや…なんでもね。気にすんな」
「って言われてもなぁ…。ね、もっかい」
「忘れちったからもうムリー」
「えー…」


と、唇を尖らせながらも、あたしはじわじわと緩みそうになるほっぺたを片手で押さえた。

聞こえなかった、なんて、嘘。
本当はしっかり聞こえてた。


“あー、幸せだなー”


の、一言。


「…あたしも」


とだけ小さく呟いて、あたしはそっと微笑んだ。


それから「きゅ、きゅ」と二回、急激に温度の上がった恋人繋ぎに力を込めてみる。


暫くして返ってきたナツからの返事は「きゅ、きゅ、きゅ」の三回と。

一瞬だけ触れてすぐ離れた、火傷しそうな程熱い、ほっぺにチュウだった。





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