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□俺の眠り姫
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たまたまやった視線の先ーーギルドの出入り口でゆっくりと傾いていく人影。

それが誰だか確認する前から、俺の足はもう地面を蹴ってた。



ジョッキを持ったミラ。
マックスに刺さったデッキブラシ。
煙草の煙を抜けて、ケーキを装備したエルーー。
わ?!あっ…!ぶねー。……死ぬところだった!

変に捻ったせいで脇腹に激痛が走る。
が、そんなことはどうでもいい。
むしろそれっぽっちで済んだんだ。
泣いて喜びたい。
……まじで、避けれてよかった。

行く手を阻む障害物たち。
飛んで跳ねて避けながらも、俺は全速力で走った。


ーー間に合え、間に合え!早く!

ーールーシィが、倒れる前に!


「漢おおおぉぉぉ……!!」
「うおっ!?」


いきなり真横から吹っ飛んできた浅黒い何かを寸での所で屈んで躱して、酒場の床に勢い良くダイブする。
途中「そのデカイ図体が邪魔だって言ってんのよ!」と言う声が遠くでしたのと、飛んでった何かーーエルフマンが派手な音を立ててどっかの壁に突っ込んだのが同時に聞こえたけど、いつものことだ。


俺は気にせず前を向いてーー


「ルーシィ!」


そのまま、スライディングしながら限界まで腕を伸ばした。

間一髪で倒れこんできたルーシィをキャッチする。


「よっしゃ、間に合った!…おい!しっかりしろルー……っ!?」


けど、一瞬にして固まった。

なんつーか……。
うつ伏せに受け止めたせいか、腕に柔らかい感触が当たるっつーか。
髪からはシャンプーの匂いっつーか。
うわぁ。
……って、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ!

意識しないようわざと五感にフィルターをかけて、俺はその身体を仰向けに抱え直した。


「おい、大丈夫かルーシィ!しっかりしろ!」


見た所外傷はないが、こんな所でいきなり倒れるなんてただ事じゃない。
力を入れ過ぎないよう注意しながら片腕に支えて抱えた肩を揺さぶると、長い睫毛が揺れて、その目がゆっくりと開いた。


「…ナ、ツ?」
「お前っ……来た早々倒れるってどうしたんだよ?!誰かに何かされたのか?!」


ぼんやりと開かれた目が弱々しく俺を見上げてくる。
その下には、くっきりとできた隈。


「……っ」


ドクン、と嫌な鼓動が胸を打った。
強く揺さぶっちまいそうになる衝動をなんとか堪える代わりに、思い切り奥歯を噛む。

誰かにーーなんて、考えただけでも爆発しちまいそうだった。
今だって腹ん中では尋常じゃない熱量が行き場を無くしてグルグルと渦巻いてやがる。
これでもしも、ルーシィの口からその“誰か”が出てきた暁にはーー…。


俺はちらり、と後ろを見た。
今日は生憎、魔人も魔王も揃って居やがる。
最悪の場合、暴れるのはギルドを出てからにしようと心に決めて、俺は次にルーシィが何を言い出すのかじっと待った。

薄く開いた口が、微かに動く。
竜の耳と、この近距離だからこそ聞き取れた「これを…」という単語。
ただ、聞き取れはしたがすぐには理解できない。


「これ?…て、なんだ?」
「………」


僅かに眉を寄せる俺を一瞬だけ見てから、ルーシィはまた目を閉じちまった。


「ルーシィ…」


開けていられない程辛いのかーーそう思うと、ハラワタが煮え繰り返りそうになる。

誰だよ。
ルーシィをこんなにした奴は。
なんの恨みか知らねえが…つか知りたくもねえが、ただで済むと思うなよ。
俺が絶対見つけ出して、灰も残らず燃やしてやる。

と、握り拳に力を入れて意気込むそんな俺の下で床へと垂れ下がっていた手がゆらり、と上がった。
行き先は、ルーシィの肩から下がるちょっとでかめの鞄。の中。

しばらく気だる気に動いた後引き抜かれたその手が持っていたのは見慣れた紙の束だった。
それが、ゆっくりと俺の胸元に押し付けられる。


「え…」


「これを…」とさっきと全く同じことを繰り返すルーシィ。
よく見ればその顔はどこかやり遂げた感に満ちている。

俺は嫌な予感がした。

隈こそあるが、満足気に微笑むルーシィに不覚にもドキリとしつつ、恐る恐る口を開く。


「まさか、これ…」
「ん。…ナツ、レビィちゃんに…」


俺の予感は的中した。

殆ど囁きにも近い「渡しておいて」の言葉を最後に、かろうじて開いていた目が今度こそ完全に閉じる。
すぐに聞こえてきたのは、スースーと規則正しい小さな寝息。


「そうか……そういうことか」


膝から、力が抜けた。
それでも、俺の腕だけは優秀だったらしい。
重力に逆らって、しっかりとルーシィを支えてくれてる。
もう片方の手には今渡されたばかりの紙の束を握りしめて。


これがなんなのかは、鞄から出てきた時点ですぐに解った。
原稿用紙だ。
ルーシィが書いた、小説の。

こいつに夢中になっちまったら最後、ルーシィは俺どころか周りまで目に入らなくなる。
そういえば、昨日侵入したルーシィの部屋でそれをされたもんだからムカついて帰ってきてそのまま……だったのを今思い出した。

もしかしてあれからずっと書いてたのか?…いあ、この様子じゃもしかしなくてもそうだな。

つか、ルーシィがこんなんなった原因が元はレビィって…。

きっと「早く読みたいなー」とでも言われて、寝る間も惜しんで仕上げたんだろう。
多分強制じゃないし、ルーシィもそれは解ってたと思う。
自分の書く物を楽しみに待っててくれてるレビィに一刻も早く読ませてやりたかっただけで。

ただ、ぶっ倒れるまでがんばっちまうのもどうかと思うがそれがルーシィって奴だ。
ちょっとどっか抜けてっけど、頑張り屋で努力家で、友達思い。


そんなルーシィだからこそ……いや、その他も全部引っくるめて、俺はーー。




膝の上にも関わらず、ルーシィは気持ち良さそうに眠り続けている。
受け止めた瞬間から微調整した熱を纏ったままだったから、多分寒くはないだろう。
さっきより血色が良くなった頬を見下ろして、俺は溜息を吐いた。


「まあ、とにかく…よかった」


誰かになにかされた訳じゃなかった。
俺の思い過ごしだったんだ。
ルーシィ自身ががんばりすぎたってだけで、誰も、なんも悪くない。

だけど……


「寝不足になるまで書いて倒れるとか……紛らわしんだよっ!」


言わずにはいられなかった文句が思わず口から出る。
割と大きめに叫んだから起きるかと思ったけど一度ふにゃり、と笑っただけで、結局ルーシィは起きなかった。
眠ったまま無意識にすり寄ってくる姿に、もうこの際全部どうでもよくなってそのまま立ち上がる。


「俺は布団じゃねえぞ」


とりあえず、早いとここのルーシィが寝ずに書いた努力の結晶をレビィに渡しに行こう。


そしたら速攻ルーシィんち帰って。
今日はもう、昼寝だ。




**************





背中が、あったかい。


「……?」


浮上した意識が、背中の温かさでふわふわする。
この温かさの正体はいったいなんだろう、と振り向いて、あたしは思わず「ひぇっ?!」と変な悲鳴を上げてしまった。


なんで?!
なんでナツがあたしの部屋に居て、あたしのベッドであたしを抱っこしながら一緒に寝てるの?!


寝起きで、上手く働かない頭を必死にクリアにして考える。

起き上がろうにも身体に絡んだ腕と足にガッチリと後ろからホールドされてしまっていて、今のあたしは首だけしか動かせない。
しょうがないからそのままで、覚えてる限りを思い出す。


「えーっと、えーっと…確か……」


確か、そう。

途中まで書いた物語をレビィちゃんに見てもらったら「すごく面白い」って喜んでくれて。
「続きが楽しみ」とも言ってくれた笑顔に応えようと丸一日寝ないでその話の続きを完成させたんだった。
気付いたら朝になっててびっくりしたけど、早く見せたい一心でフラフラになりながらシャワーを浴びて、それからギルドに行ってーー。


あれ?でも……ちょっと待って。
なんだか記憶が朧げで、その後からが全然思い出せない。
そもそもあたし、ちゃんとギルドまで行けた?
その前に、家、出た……?


ちょっとどころじゃないレベルの不安が一気に押し寄せる。
とにかく、もう一度昨日からのことを順に考えてみようと思った矢先、ふと頭の上の方に何か白い物を発見した。
少しだけ首をずらしてみるとそれはいつもあたしが使っているメモ帳で、そこには見覚えのある文字が。


「ぷっ、なにこれ」


読み終わった瞬間、笑ってしまった。




『ギルド来たとたん倒れた』
『レビィには渡した』
『ちゃんと連れて帰ってきた』
『おれも寝る』
『起きたらハンバーグ』



接続詞もない、箇条書きなところがいかにもナツらしい。
それでも、抜け落ちた部分を理解するには十分だった。
なにより、寝不足で倒れてしまったあたしの側にずっと居てくれたことが嬉しい。
レビィちゃんに原稿用紙を届けてくれて、部屋まで連れて帰ってきてくれた。
その間、ずっと温かかったのは覚えてる。


ーーそっか。ナツが、あっためててくれたんだ。


今すぐにでも「ありがとう」が言いたくてもう一度振り返ってみたけど、ナツは珍しくも本気で熟睡してるようだった。
ピクリとも動かない。


同じベッドでーーなんて、普段のあたしだったら絶対耐えられないだろう。

だって、好きな人とそんなの……恥ずかしすぎるじゃない。



でも今日だけはーー。


「一緒でも……いいよ」


小さくそう呟いてから、あたしはまた背中の大きな温もりにゆっくりと身を預けた。

ちょっとお腹も空いてるけど、今はまだ、寝てたい気分。




「…起きたら、特大ハンバーグ作ってあげるね」




ふわふわとした意識が途切れる寸前、ぎゅっと抱きしめられたような気がした。





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