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□二つ、となり。
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午後の昼下がり。
大盛りファイアカレーを平らげた後の腹ごなしに、とひと暴れし終わってからのことだった。



「あたし、オールバックの男の人もちょっと憧れるんだよねー」

たまたま横を通りかかった際耳にしたその台詞ーールーシィの声に、ナツは思わず聴覚のボリュームを大にした。
聴き取り易い距離を保ちつつテーブル席に座る彼女からさほど離れていないカウンター席の一つを陣取って意識を耳に集中させる。

どうやらルーシィは今、“男のどんな髪型に憧れるか”についてレビィとの話に花を咲かせているようだった。

「そういえば先週の新刊のさーー」

かと思えば、次に聞こえてきたのは本の話題。

コロコロと変わる話題と一緒に、きっとその表情も忙しく喜怒哀楽させているのだろう。

(女って、あんな喋って疲れねえのかな…)

けれどさすがに、マシンガンのように放たれる彼女たちの声はキンキンと脳に響く。

ナツは一旦聴覚のボリュームを通常レベルに戻すと、こめかみを軽く押さえてはぁ、と短い溜息を漏らした。

「……オールバック、か」

呟いて、一度ちらりと後ろを盗み見る。

それからおもむろに腕を上げると、かいてもいない額の汗を拭うフリをしながら、さり気なく前髪全体に熱を加えた。







数分後。
ようやく近づいてきたコツコツ、という足音と気配に、思わず鼓動が早まる。
やっと来たーーと思いつつ、顔を合わせてからの第一声はどんなものがいいか、とナツの中に妙な緊張感が沸き起こった。

なんせ、この髪型にした自分に気付いてからの彼女がここまで来るのにこんなにも時間がかかったのは、一緒に居たレビィにからかわれたためだったからだ。


『あれ、絶対ルーちゃんのためにしたんだよ!』
『そ、そうなの…かなぁ』
『絶対そうだよ!だってルーちゃんさっき言ってたじゃん!オールバックのナツに憧れるーって』
『ちょ、レビィちゃん!?あたしそんな風には言ってなかったと思うんだけど?!』
『ほれほれ〜。憧れの男の人があそこで待ってますよー』
『わぁあ!レビィちゃん!別にあたしは…』


その後もなんだかんだとからかわれてはいっこうに席を立とうとしない彼女を待つこと数分。

やっと決心が付いたらしいルーシィの「じ、じゃあ、ちょっと行ってくるね」と言う震え声を捉えた瞬間、ナツはそれまで辛抱強く待った自分を密かに褒めたのだった。


ーーそして、今。
近い場所でコツ、と、やっと足音が止まる。


ナツが座る席から、二つ、となり。
ゆっくりゆっくりと歩いてきたルーシィは、そこに座った。

「……それ」
「…ん」
「…また盗み聞き」
「人聞き悪ぃな。…聞こえたんだよ」

お互い目を合わせないまま会話する。

ガシガシと、けれど形は崩さないように頭を掻くナツの耳に小さく息を吸う音が届いた。

「悔しいけど……似合ってる」
「おっ、…おう」
「でも似合いすぎてて…この距離が限界だから…」
「そんなにかよ」
「…これ以上、そっち行けない、かも」
「……やっかいな髪型だな」



横目で盗み見た横顔は、頬も耳も首も、全部真っ赤で。

ナツは眉を下げて口元を弛めると、二つ分の距離を埋めるべく、ぐしゃぐしゃと乱雑に髪を乱してから席を立ったのだった。










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