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□傘は、一本。
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唐突に投げ掛けられた問いは、さながら今晩のおかずでも聞くかのような口調だった。


「そろそろ俺たち付き合わねえ?」


傘の縁から雨に濡れたマグノリアの街並みが見える。
それらを背景に、あっけらかんとしたナツの目が斜め上からこちらを見下ろしていた。
前を行き交う馬車はもう当に過ぎたというのにその足が歩き出す気配はいっこうになく。
殆ど凝視に近い形でナツを見上げていたルーシィもまた、別の意味で動けずにいた。

傘は、一本。
柄は、ナツが握っている。


「な、に、言ってんの…?あんた」


なんとか絞り出せた声は、果たしてちゃんと言葉になっていただろうか。
「んー」と言う返事は返ってきたものの、その顔は相変わらず何を考えているのかわからない。

冷たい筈の頬が内側から集中していく熱のせいで燃えるように熱い。
ルーシィは堪らず下を向くと、ブーツの爪先へと必死に意識を集中させた。

(今、あたしの顔、絶対真っ赤だ)


目線を地面に落とす寸前、こちらを見つめる相手の目が僅かに見開かれたのをばっちりと見てしまった。


いつものように、からかわれたのかもしれない。
そう思う反面、もしかしたら今日こそはーーと矛盾した期待感がまた懲りずに頭をもたげる。

ドキドキと胸を叩く心音の息苦しさが、吐き出す息を震わせた。





下を向いたままぎゅ、と胸元を握りしめた時だった。

サァー、という雨音だけがする中、狭い傘の下でジャリ、とナツの足の向きが変わる。


「なあ。付き合わねえ?」
「!」


耳元で聞こえた声にバッ、と顔を上げたルーシィは思わず息をのんだ。
先程までのあっけらかんとした顔はどこへやら。
普段からは想像もつかないほど男の眼をしたナツが、目と鼻の先でこちらを見つめている。

数分前と同じ問いに「なんで…」とこちらも問い返した筈が、雨の音に混じって自分でもなんと言ったか、よく聞き取れない。
けれどナツにはちゃんと伝わったようで「だってよ」と拾って応えてくれた。

ポリポリと後ろ頭を掻きつつ親指を頭上へと向けたあと、彼は自分の腕を指差した。


「一本の傘に二人して入ってんだぞ?腕まで組んで」
「それはっ……ナツが、」
「しかも好きなやつと」
「っ!」
「しかも、好きな、やつと」


一語一句、耳元で囁かれる少し低めの声。
その言葉の意味を理解した瞬間、ルーシィの肩がピクリ、と竦んだ。


「っ、あ…」


寒いから、という理由で絡ませていた腕に自分の意思とは関係なく力がこもる。

それを見て、ナツが静かに口を開いた。
ジュッ、と彼の肩に落ちた雨粒が、一瞬にして蒸発する。


「離れない、ってことは…これが答えでいいんだな?」


いつになく真剣な眼に、雨で濡れた世界が反射してキラリ、と光った。


「こんなに近いのに、今のままじゃ…なんもできねえ」
「っ、」


とどめとばかりに続いた呟きに鼓膜と心臓を揺さぶられて、ルーシィはまた下を向いた。
いつものからかいや冗談の欠片もないナツを、これ以上見つめてなんかいられなかった。

代わりに、頭の上から降ってきた三度目の「だから、付き合わねえ?」に、小さくコクリ、と頷く。

少しの沈黙のあと、絡んでいた腕がゆっくりと引き抜かれたかと思えばーー


「じゃあ今からこれで帰ろうぜ」
「……うん」


すぐに掌が暖かくなった。
絡み合った指からも、暖かさが伝わってくる。

期待に膨らんだ心が、安心に包まれていく。


歩みを再開した脚について行きながらルーシィはクスリ、と笑った。


「それ、歩きにくいんじゃない?」


先程とは反対の手に握られた傘の枝。
その手を軽く上げて見せてから「そうでもねえよ」と、ナツも笑った。


「それより早く帰ろうぜ、腹減った」
「うん。……て、またうちで食べる気?」
「当たり前だろ?付き合ってんだから」
「っ…!う…、わかったわよ!」
「さっすが!俺のルーシィ」
「もうっ!調子いいんだから!」



夜が近付いた街並にポツリポツリと灯りが灯されていく。

雨に滲んだ光を受けて幻想的なまでに観えるその中で、一つの傘が楽しげに揺れた。










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