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□うさぎ化 後編
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時刻は夕暮れ時。
料理の注文や酒を飲み交わして笑い合う仲間たちの声でがやがやと賑わう酒場。

その奥のカウンター席。
カップの中身を一口啜ってふぅ、と金髪が息を吐いた。
ミラ特製のミルクティは程良く甘みが効いていてとても自分好みだ。
疲れた身体がじんわり癒されていくのを感じながら、ルーシィは自分の家の冷蔵庫の中身を思い出していた。

玉ねぎ、じゃがいも、肉が少しと牛乳、バター。
ブロッコリーとトマト、はサラダに使うとして……あ、小麦粉がない。
買い足さないと。

両手で包んだカップを見つめたまま真剣に今夜の献立を考えていた頭がぐっ、と上から掛けられた重みで前に傾いた。

「…ナツ」
「んー?」
「重い」
「んー」
「…あんたねぇ」
「なー、晩飯なに?」

剥き出しの右腕が隣りに座るルーシィの細い肩をがっしりと抱き寄せている。

いくら一緒にいなければならないといっても、くっつかないといけない訳ではないのに、なにもーー

(なにもここまでくっつかなくてもいいじゃない!)

左隣りに座るナツと自分の隙間はぴったりと埋まっていて、さっきからこめかみ辺りに傾けられている相手の頭がぐいぐいと上から力を掛けてくる。
長い耳が触れ合ってくすぐったい。

このままでは、顔が熱を持ちすぎて茹だってしまいそうだ。
せっかく献立のことしか考えないようにしていたのに。

「重いって……言ってんでしょー!」
「ぐへっ!」

耐えられなくなったルーシィは渾身の力を込めて思いきり拳を振り上げた。
下から繰り出されたアッパーを見事顎に喰らって、ナツの身体がイスから崩れ落ちる。

「痴話喧嘩かー?」
「おーおー、見せ付けてくれるねぇ」

遠くでからかう声にキッと振り向き眼光を強めてからルーシィはそっぽを向いた。

床に沈む寸前で立て直したナツの腕が急いでまたルーシィに伸びる。

「ってぇなぁ!殴ることねーだろ!つか、離すなよ」

口を尖らせながら隣りに座り直して、今度はカウンターの上に乗せられていた彼女の手を握った。

「だから……ち、近いのよ!くっつかなくてもどこかに触れてるだけでいいんだから…。もうちょっと、は、離れてよ!」
「やだ!」
「子供か!」
「だって、さびしーじゃんよ」

曲げた肘に先程の一撃で赤くなった顎を乗せて上目遣いに見上げるその姿は、頭の上の白い耳と合間って異様に可愛く映る。
不覚にも射抜かれて、ルーシィは口籠った。

「そっ…そうだけど…」
「なー、それより腹減った」
「……」

すぐに返ってきたセリフにがくっと肩を落として、溜息が出た。
ときめきを返せ。
半眼にしながら答える。

「今日はシチューにするわよ」
「肉は?」
「少しある。小麦粉買うから覚えといて」
「ニンジンは?」
「あ!」

そうだニンジン。
なにか足りないと思ったら肝心な物を忘れていた。

それも買わなきゃーーと言おうとして、後ろに誰かが立つ気配がした。

「お前ら……それ、なに付けてんだ?」

たった今仕事から帰って来たのだろう。
なぜかパンツ一丁に片足だけ靴を履いた格好でグレイが立っていた。
ナツとルーシィ二人に付いた揃いの耳と尻尾を指さしている。

「おかえりなさい。仕事でトラップ踏んじゃったんですって」

それまでカウンター内でニコニコと見守っていたミラが、ついにパンツのゴムにまで指を掛けだしたグレイにニコニコと答えた。

「グレイ、服!」

慌ててルーシィが叫ぶ。

おわっ!とずり下げかけたパンツを戻し、点々と脱ぎ捨てられている服を拾いに行った背中に隣りのナツが「変態氷」と呟いた。

「にしても……くくっ!ナツにうさぎの耳とはな。トラップってうさぎになるトラップだったのか?」

完全に服を着たグレイが笑いを堪えてルーシィの横に腰を下ろす。

「変態よりゃあマシだろ」
「お前のはコスプレだな」

“コスプレ”の言葉に矛先がこっちに向かってきそうな予感がして、ルーシィは慌てて割って入った。

「し、仕事は普通だったんだけど依頼主がちょっと変わってる人でね!自分の家の敷地内にこういうトラップを仕掛けてたのよ」
「そりゃあ変わった依頼主だな。…んで、それをそいつが踏んじまったって訳か」
「なんでオレだって決めつけんだよ!」
「違うのかよ?」
「ちがっ、……くない」

ガタン、と立ち上がったナツがまたイスに腰を戻す。
掴んでいた手を離してしまったことに気付いて、グレイの手前さり気なくを装いつつ掴み直した、時だったーー

「ルーシィはなかなか似合ってんじゃん。本物なのか?」

す、とルーシィの頭に生えた耳にグレイの手が伸びる。
その瞬間、ナツはそれを避けるようにして自分の方へと彼女を引き寄せた。

「……」
「……」

暫く無言が続く。

空中で止めたままだった腕をゆっくりと戻すと、グレイの口の端がニヤリと上がった。

「ほー、他の男には触らせたくないってか」
「っ!…っせーな!変態が移るだろ!」
「っんだと!?この単純ツリ目バカが!」
「ぁあ!?やんのかこの変態タレ目野郎が!」

真ん中に座るルーシィを挟んで今度こそ乱闘が始まりそうな雰囲気が漂う。
ナツは今にも炎を吐き出しそうな勢いで、グレイは既に半裸だった。

ルーシィははぁ、と額に手を当てると顔の横の金髪で赤くなった頬を隠した。

(他の男って…)

グレイの口から出たからかいの言葉を、ナツは否定しなかった。
なにより、引き寄せられた腕の強さに「俺のものだ」と言われたようで……。
それはつまりーー

(そう思ってる…て、こと?じゃあ、ナツもあたしのこと……)

好き?

の二文字が、期待で高鳴る胸のドキドキを早くさせる。

始めは厄介だと思っていたうさぎ化だったが、この際存分に利用してしまおうか。
なにか言われたら症状を理由にすればいい。
否定をしなかったナツに少しの勇気を出して甘えてみよう。
自分の気持ちに正直に……なんて、普段は絶対できないからーー。


左に熱さを、右に寒さを感じて顔を上げると、楽しそうに微笑むミラと目が合った。

それに苦笑いを返しつつ。
ルーシィはイスを蹴飛ばした拍子に離れかけたナツの右手を、止める意味も込めて、キュッと左手で掴んだ。









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