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□キミにむちゅう。
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「朝か…」
一睡もできなかった夜を越えて朝日が顔を出し始めた窓の外を見る。
カーテンの引きが甘かったのか漏れる光が目に眩しい。
「朝、か…」
目線を手元に戻して意味もなく再度呟く。
呟いておきながら、自分でも早朝一番に出すにしてはげっそりとした声だと思った。


事の発端は昨日の夜。

毎回恒例の突然始まるギルドでの宴に乗じてひと暴れし終わってから壁際で一息つこうと、そこらへんに転がっていた酒瓶を拾い上げて視界を正面に戻した時のことだった。
そんなに得意じゃないくせに珍しくしこたま飲んでるな、とは思ってはいたがこの日は本当に普段のリミッターを超える量を飲んでしまったらしいルーシィがいかにも酔っ払いの千鳥足でフラフラと近付いてきた。
えへへー、と満面の笑みで。
なんとも言えない恐怖に駆られたがとりあえず俺は、おい飲み過ぎなんじゃねーか、と口を開こうとしたんだ。
ところがそんな俺に向かって、ルーシィはとんでもない一言を言い放ってくれやがった。

「ねぇなつ、ちゅう、してもいい?」

幸い周りの騒音に混じって俺の耳にしか、というか、俺の耳にだけばっちりと届いたそれを聞いた瞬間、目を点にして、は?と間抜けな声しか出せなかった俺に対して言うだけ言って満足したのか、目の前の上機嫌な酔っ払いは糸が切れたようにその場に崩れてしまった。
暫く放心状態だったところから自力で立ち直ることができた俺は、一先ず床の上で気持ち良さそうに熟睡しだしたルーシィを肩に担いだ。
ここはギルドなんだしそのまま転がしておいてもよかったのだが、この時の俺の心理状態もどこかおかしかったんだと後になって思う。
勝手知ったる鞄から彼女の部屋の鍵を取り出して律儀に部屋のベッドまで送り届けてやってから俺も家に帰った。
帰った、が、やっぱりどこかおかしかったからか鍵をそのまま持ってきてしまった。

そしてそのまま、いつ入ったんだか覚えていないベッドに入っても一睡もできずに朝を迎えてしまった。

いったいあれはなんだったんだ…。

疑問と混乱と、多少の時間を経て落ち着いてきた今だからこそ認知に至った羞恥が、自分の意思とは関係なしに実体となって両の手のひらにチリチリと赤い火種を生み出す。
やべ、と慌てて振り払い、俺は握ったままだったシーツから手を離した。
波立つ魔力を深呼吸数回でなんとか落ち着かせる。
一応耐熱性とはいえ部屋にはそうじゃない物もある。
自分の家を自分の手で火事にしてしまっては元も子もない。

そういえば、と辺りを見回したが相棒の姿は見当たらなかった。
昨日の宴中あいつはどこにいたっけか、と思い返して、ああ確かカウンターで仲良く二匹並んでケーキを食べていたんだった、と思い出す。

きっと今頃はいつもの所だろうと検討をつけると、俺はぐ、と伸びをした。

ーーちゅう、してもいい?

一晩中リピートし続けた声が脳内で反響を繰り返す。
言われた瞬間より大分時間がたった今の方が、何と言うか…腰にくるものがある。
酒の影響であんな言葉が飛び出したとは言え、普段のルーシィからはあまりにもかけ離れた台詞すぎていっそ夢だったんじゃ、とも思ったが、彼女の部屋の鍵という決定的な物的証拠があるからあれは紛れもない事実。
信じらんねえけど、実際に起きた出来事だ。

「…まぁ、考えてたってしょーがねぇし。もう直接聞こ」

絶対に覚えてない可能性の方が高いが…。
ポリポリと腹を掻きつつ、結局これが一番手っ取り早い方法だということに朝になって思い至った俺はやっぱりまだどこかおかしいんだと思う。









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