ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇 side story

□催眠術もお酒もいらない
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目の前でゆらりゆらりとコインが往復する。

紫苑はなにも言わずに、それを目で追う。


「あなたは私の事をどう思っているか言いたくなります」

「…………」


しばらく無言のままコインの振り子を目で追っていた紫苑は声のした方へ顔をあげた。


「どうもならないけど?」

「まあ、そうなりますね」


紫苑の言葉にそう言って、高遠は振り子を振るのをやめた。

リビングのソファーで高遠と向き合うようにして座っていた紫苑はそのままもとの体勢に戻し、ローテーブルの上の箱からチョコレートを1つ摘まんで食べた。

ホワイトデーを一週間も前に通りすぎた休日の昼下がり。

バレンタインのお返しを持って現れた高遠と、紫苑は穏やかな時間を過ごしていた。

ちょっとした会話の流れで催眠術の話になり、今に至る。

リキュールのきいたチェリーボンボンをもぐもぐしている紫苑の隣で高遠は振り子にしていたコインのペンダントをローテーブルに置いた。


「雪峰教授の影響もあるとは思いますが紫苑さんは警戒心が強いのでかかりにくいんですよ。無防備な時は問題なくかかるのですが」

「それってかけたことがあるってことよね?」

「香港での一件のときに少しだけ。後日、雪峰教授に注意されたので以後控えます」

「控えるとかじゃなくてやらないで」


そう言って紫苑は再びチョコレートを口にする。


「ご存じかも知れませんが催眠術は悪用されると厄介ですが、基本的には毛嫌いされるようなものではありませんよ」

「知ってる。医療の現場で使われていたりするし」

「催眠は手軽で万能というわけにはいきませんからね。大きな命令を出すには下準備が必要ですし、命に関わる命令は本能的に従わないものですから」


高遠はチョコレートを1つ摘まむ。

そしてそれを紫苑の口の中に入れ、溶けて指についたチョコレートを紫苑の唇に薄くぬった。


「なので紫苑さんも警戒しなくていいんですよ」

「んー…………」

「……紫苑さん、酔ってますか?」


自分に向けられた紫苑の赤く火照った頬を指で撫でながら高遠が問いかけるも、紫苑は曖昧に応えるだけだった。


「いくつ食べましたっけ?」

「…えっと……1つ、2つ……4つかな」


高遠の質問に指折り数えて答えると紫苑はこてんと高遠に寄りかかる。

高遠がホワイトデーのプレゼントとして渡したチェリーボンボンは、甘いがアルコール度数の高めのものだった。


(未成年には少しキツかったかもしれませんね)

「高遠さん、そのコイン、私が玲子さんから預かってたもの?」


高遠に寄りかかっている紫苑の瞳は、テーブルの上でキラキラと金色に輝いているコインを見つめていた。

紫苑の肩を抱きながら高遠は答える。


「ええ、そうですよ。大切なものですからね。ペンダントトップにして常に持ち歩くようにしています」

「いつも着けてるの?」

「首から下げてはいません」

「そう」


高遠の返事を聞くとすぐに紫苑は身を乗り出してペンダントを取ると、高遠の首に腕をまわした。

何をしようとしているか察した高遠はそのままの姿勢でじっと待つ。

やがて高遠にペンダントをつけ終えた紫苑は再び寄りかかると、高遠の胸の上で輝いているコインを見つめながらポツリと言った。


「初めて高遠さんに会ったとき、あの事件の犯人だったことのショックよりも、もう簡単には会えなくなることの方がショックだった」

「…………」

「2回目であったときは、会えてすごく嬉しかったと思う」


高遠は紫苑の言うことに何も言わずにただ紫苑を見下ろす。

すると、紫苑が顔をあげて2人の視線が絡まる。


「私、あなたと一緒にいる時間が好き。好きだから……」

「紫苑さん。その言葉、酔っていない時に言ってほしいですね」

「酔ってるから言えるの」


紫苑の言葉に高遠は察して口許に笑みを浮かべた。

そして紫苑にキスをする。

紫苑の唇のチョコレートの味を堪能して離れると、高遠は軽く舌舐めずりをした。


「私は酔ってますよ。ずっと前からあなたにね」





催眠術もお酒もいらない  完

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