ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇

□本と秘密の香り
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「雪峰。岩城先生が放課後に図書室来てくれって言ってたぞ。なんか手伝って欲しい作業があるんだって」

「私?」

「うん」

「わかった。ありがとう、村上」

「別にどうってことないよ」


ひらひらと手を振って金田一たちが集まっている所に行った草太の背を見ていた紫苑に、先ほどまで談笑していた美雪が不思議そうに尋ねた。


「岩城先生って図書委員の?」

「うん」


明智と同じぐらいの年齢の男性教師で、親しみやすさから生徒の間で人気がある。


「確か紫苑ちゃんって今週委員の仕事入ってないわよね?」

「そうだけど……たぶんまともに委員会の仕事してる人が少ないから私に回ってきたんだと思う」

「大変ねえ……」


生徒会役員の美雪も図書委員の怠惰具合を知ってはいたので納得する。


「まあ、今日は特に何も用事ないし問題ないよ。ということで今日は一緒に帰れないから先に帰ってていいよ」

「待ってようか?」

「いいよ、遅くなるかもしれないし。それにたまには2人で帰りなよ」


美雪の申し出を断り、最後の言葉は美雪にだけ聞こえるように小声で言った。

紫苑の言わんとしていることを理解した美雪が顔を少し赤くして否定するのを、周りには分からないほど少しだけ笑みを浮かべて紫苑は見ていた。





放課後、やっぱり待っていようかと言った美雪をなんとか金田一と帰宅させ、紫苑は1人図書室に向かった。

図書室の前ではすでに岩城が待っていた。

短い髪に動きやすそうな服装をして、活発そうな様子から体育教師という印象を受けるが国語の教師である。


「すいません。お待たせしました」

「いや、いいって。呼び出しだのこっちだからさ」

「それで…手伝って欲しい作業っていうのは……?」

「あー…ちょっとついてきて」


そう言って岩城は図書室に入ると、図書委員である紫苑ですら入ったことのない司書室に入る。


「失礼します……わっ」


そこにはたくさんの本が机に所狭しと置かれていた。


「これは?」

「今月入る新しい本なんだけど、司書の先生が急病で長期休暇とっちゃってさ。まだ図書室にだす作業が出来てないんだよ」

「それでこの本を図書に出す作業を手伝って欲しい、と」

「そう!雪峰は2年連続で図書委員をやってるし、こういう作業、得意だろ?だから手伝って欲しいな、と思ってさ」

「……分かりました。早めに終わらせましょう」


顔の前で両手を合わせる岩城を促して、作業を始める。

毎月少しずつ新しい本が入る不動高校図書室は、今月リクエストを集ったため多くの本が新しく追加されることになっていた。

作業と言っても、本に『不動高校図書室』という判を所定の位置に捺し、背表紙に本棚の管理番号のシールを貼るだけという簡単なものである。

図書室を知り尽くしている紫苑にとって、どのシールを貼るか悩むことはないし、どこに判子を捺せばいいかも把握していた。

岩城と2人で黙々と作業を進めていく。

ある一定量出来たところで、紫苑は図書を新刊の本棚に移動させるために立ち上がった。

無理のないよう2つほどに分けて運ぶ。


「これも持って行きますね」

「ああ、よろしく」


岩城の手元にあった本の山を運ぶために岩城に声をかける。


(…………?)


岩城に近付いたとき、喫煙者である岩城から普段している煙草の臭いがしないことに気がついた。

むしろかすかにフローラルな香りがする。


(朝、すれ違ったときそんな香りしなかったのに……)


最近色々と事件に巻き込まれているため、懐疑的な思考になってしまいがちな紫苑の胸に違和感が生まれた。

そんな紫苑の様子に気がつかない岩城は、手元にある書類と見比べながら管理番号をシールに書き込んでいた。


「……先生。眼鏡かけなくても大丈夫なんですか?」


岩城は授業中やなんらかの事務作業の時に限って、眼鏡をかけている。

細かい表を見ての作業であるにも関わらず、かけているはずの眼鏡は胸ポケットにしまわれたままだった。


「え?ああ、今日はコンタクトなんだ」


その言葉に紫苑の中の違和感は確信に変わった。


「先生、コンタクトだめだったんじゃないんですか?目に直接異物入れるのとかコンタクトがズレるのが怖いとか言ってませんでしたっけ」

「あ、そ、それは……」

「あなたは……岩城先生ではないですね」

「………………」


焦った顔で固まってしまった岩城を見て、性急に答えを出し過ぎてしまったかと内心紫苑が反省と不安をうかべていたとき。

岩城の顔から一瞬にして表情が抜け去り、次の瞬間にはどこかで見たことのある、ニヤリとした独特な笑みをうかべた。

その笑みに身の危険を感じた紫苑が身を引こうとすると、すぐさま腕を掴まれる。


「……離してください」

「紫苑さん。相手が知っている人ではない、変装した誰かだと判断したのであれば距離をとらなくては危険ですよ?」


クックッと笑う岩城の顔が見知った人物の顔と重なる。

そのとたんフローラルな香りの正体がバラの香りであることに気がついた。


「高遠さん……なの?」

「ご名答です。さすがは私の紫苑さんですね」

「あなたのものになった覚えはない」


掴まれた腕を振りはらうと、今度はあっさりと離れた。

露西亜人形殺人事件以来となる約半月ぶりの再会となる。


「なんでこんな所に?」

「実は以前私をかくまってくれていた幽月さんの家が隣町でしてね。紫苑さんや金田一君の住むこの町に近かったので、警察の警戒態勢の対象になっているため容易に紫苑さんの家にお邪魔する事が出来なくなったんです」

「別に私の家には来なくていい。でも学校に来ることが出来るってどういうことなの?」

「敷地が広いだけに警備が手薄なんですよ。それに人も多いので逃げるときに便利です」


人混みに紛れることも、誰かを人質にとることも出来ますから、と平然と言ってのける高遠を紫苑は睨む。


「というかそういう状況なのに私にバレるような変装じゃ意味ないじゃない」

「ありますよ。どれくらいの情報を与えたら紫苑さんが気づくか知りたかったので」

「私にバレることが前提だったってこと?」

「ええ。それにせっかく会いに来たのに気づいてもらえないのは寂しいですしね」


岩城の顔のままにこりと笑う高遠に軽く頭痛を覚えるが、一番重要なことを見逃していたことに気がついた。


「そういえば本物の岩城先生はどうしたの?まさか……」

「大丈夫です。彼には手を出していません。今頃仕事を任されたことも知らずに帰っていると思いますよ」

「そう…………仕事ってもしかしてこれのこと?」

「そうですよ」


岩城の無事に安心したが、すぐに今の状況に気がついて紫苑は唖然とする。

高遠が自分に会うために用意した仕事ならばすぐにでも帰ろうと思っていたが、高遠の話ではもともとやらなくてはならない仕事なのだという。


「教師に変装しようと思って職員室にお邪魔したら、都合のいいことに図書委員に割り当てられた作業についてのメモを見つけたので」

「つまり仕事が終わるまで帰れない……と」

「そういうことですね」


意地の悪い笑みをうかべた高遠に一発お見舞いしたかったが、岩城の顔をしていることもあり、なんとなく気が引けてやめる。

しばらくわなわなと固まっていた紫苑はふぅっと長く息を吐き出すと、もともと座っていた椅子に座って残りの本と向き合った。


「こうなったらさっさと終わらせて帰る。協力しなさい」

「どちらかと言えば時間を稼ぎたいんですけどねえ」

「高遠?」

「わかりました。仕方ありませんね」


有無を言わせない紫苑の様子に、両手をあげて降参のポーズをとって高遠も作業を始める。

高遠は協力すると言いつつもこっそり手を抜いてゆっくり作業を進めていたが、それをカバーするスピードで紫苑がこなしていったおかげで、あっという間に終わってしまった。

残念がる高遠を急かして図書室を出ると高遠が戸締まりをする。


「短い時間でしたが楽しかったですよ」 

「1時間以上を短いとは言わないと思うけど」


予想以上に時間がかかって、学校にいる生徒は少ない。

高遠は 紫苑の方に向いて申し訳無さそうに言った。


「家まで送りたいのですが警察に追いかけ回されるのは出来るだけ避けたいので」

「別に、この時間に帰ることはよくあるから問題ないわ。この頃日が長いしね」

「そうですね。警察の皆さんも見回っているようですし問題はないでしょう。ああ、それと」


高遠はおもむろに顔を近づけると紫苑の耳元に囁いた。


「今日のことは他言無用でお願いしますね」

「なんで?」

「いやー今日は本当に助かったよ!ありがとな雪峰」

「え…………は、はい」


もとの姿勢に戻った時にはすでに高遠は岩城になっており、岩城の軽い口調で話しかけられて紫苑は大いに戸惑った。


「それじゃ、また明日な!気をつけて帰れよ」

「……はぁ……」


しかしそのことに気づいていないかのような様子で一方的に話しかけるとひらひらと手を振り、もう片方の手で鍵を弄びながら立ち去っていった。

高遠のペースについていけずに曖昧な返事をしたまま、紫苑は図書室前で1人立っていた。


「一体、何だったの……」



 
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