ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇

□露西亜人形殺人事件
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学校から1人帰宅し、紫苑は自分の部屋の前に立つ。

数回のピッキングの跡で傷ついた鍵穴を見て、新たな傷跡がないのを確認するとふっと息を吐く。

通学カバンから鍵を取り出すと鍵穴に差し込み、回した。

しかし、開錠を知らせる心地よい音はしなかった。


ガチッ

「………………え……………」


一瞬何が起きているのか理解できずに紫苑の思考が停止する。


(鍵開けようとしてるのに鍵が回らないっていう事は、もともと開いてたってこと……?)


紫苑は今朝にちゃんと鍵をかけて、確認もした上で登校したことを記憶していた。


(空き巣?でもピッキングした跡ないし……)

カチリ

「!?」


ドアの前で固まってぐるぐると思考を巡らせている紫苑の目の前で、ドアノブが動く。

ゆっくりと回るドアノブを見つめながら身を堅くしていた紫苑に、不法侵入者が声をかけた。


「部屋の前で何をしているのですか?紫苑さんの部屋なのですから遠慮なく入っていいんですよ?」

「…………あなたは遠慮とか慎みとか…違いますね、常識を持って行動すべきです」


聞き慣れてしまった声に視線をあげる、そこには見慣れてはいけないのだが見慣れてしまった高遠の姿があった。

高遠は紫苑の言葉にクスリと笑う。


「紫苑さんがピッキングを嫌がっていたので今回は常識的に鍵で開けました」

「そういうことではなくて、そもそも不法侵入ですし、家主に無断で勝手に合い鍵作らないでください」

「前もって申告すれば作らせてくれましたか?」

「作らせません」

「でしょう?ですから事後申告させてもらいました」


ニコニコと笑う高遠に紫苑は呆れる。

高遠はドアを大きく開けて道をあけ、紫苑に中に入るよう促す。


「いつまでも外に立っているわけにもいかないでしょう」

「…………ただいま」

「お帰りなさい 紫苑さん」


どことなく嬉しそうな高遠に気づかないふりをして紫苑は部屋に入る。





「高遠さんって推理小説とか読むんですね」


自分の部屋(鍵付き)でラフな私服に着替えた 紫苑は、紅茶の入ったマグカップ片手にリビングに戻り、ソファーに座ってくつろいで読書をしている高遠を見て言った。

高遠の手には、紫苑の部屋の書庫にある推理小説が開かれていた。


「読みますよ。実行できるかどうかは別として、紙面上で繰り広げられるトリックは試行錯誤を凝らしたものが多いのでなかなか興味深い」

「ふぅん」


紫苑は少し間をあけて高遠の隣に座る。


「それに今、私の逃亡生活を支援してくれている方がこの山之内恒聖の推理小説の関係者なんです」

「編集者?」

「秘密ですよ」


今、高遠が読んでいるのは知らない人はいない売れっ子ミステリー作家 山之内恒聖の代表作である『露西亜人形殺人事件』だった。

紫苑はデビューした頃から山之内の小説のファンであり、売れだしてから発表された小説の文章と挿し絵は紫苑のお気に入りでもある。


「紫苑さんは山之内恒聖のデビュー時に発表された作品から全て揃えているのですね。当初は不振だったと聞いていたので正直驚きましたよ。紫苑さんがそこまでのファンだったとは」

「確かに最初の方は事件のトリックもありきたりでつまらないものだったけれど、人物の心情の表現が上手だったの。すごく生々しいっていうか。それに惹かれたの」

「表現力ですか」

「そう。まぁ、急にトリックが凝ったものに変わって売れだしたのには驚いたけどね」


そう言ってマグカップに口を付ける紫苑を見ながら高遠は何やら考え事をする。

じっと見られていることに落ち着かない紫苑は、急に黙って動かなくなった高遠を怪訝に思う。


「紫苑さん、そのデビュー作を貸していただけませんか?」

「別にいいけど…トリックとか楽しむようなものじゃないわよ?」

「えぇ構いません。少し山之内恒聖について知る必要があるので」

「なんで?」

「私の口から言っていいものではないので、秘密ですよ」


そう言って笑うと高遠は立ち上がり、書庫の中に消える。

しばらくして1冊の本を片手に戻ってくると、そのまま帰るのか玄関に向かっていった。


「そういえば紫苑さんに言っておかなくてはならないことが」

「なに?」

「明後日から5日ほど用事があるので紫苑さんの所に行けませんが心配しないでください」

「……心配も何も、そもそも会いに来ること自体間違ってる」

「愛する人に会いに行くことは間違っていないと思いますよ」


ふと 紫苑は眉をよせた。

嫌悪というよりは困惑といった色の強いそれに、まだまだ時間がかかりそうだと高遠は苦笑する。

別れの言葉を残してドアの向こうに消えた高遠を見送りながら、 紫苑は高遠の用事が犯罪でないことを祈った。



 
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