ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇
□とある昼下がりの邂逅
1ページ/7ページ
「おっいらっしゃい!」
「これとこれください」
「毎度ありがとね 紫苑ちゃん!リンゴおまけにつけとくよ」
「ありがとうございます」
「ところで後ろにいるのはお兄さんかい?」
「……いえ、ただの知り合いです」
放課後、人は少ないが賑わっている商店街の八百屋で買い物をする紫苑の後ろには、変装を全くせずに荷物を持ちながら、にこにこと笑って立っている高遠の姿が。
時間は数十分ほどさかのぼる。
学校帰り、メモを片手に、紫苑はいつも買い物をしている駅前の商店街に立ちよった。
すっかり顔なじみになっている店の前で、新鮮なものを選んでいたときだった。
(どっちが良いかな…)
「右手に持っているものの方が良質だと思いますよ」
「…アドバイスは有り難いんですけど、変装もせずになんでここにいるんですか?高遠さん」
「たまたまあなたを見かけたので。ついでに目立つことをしなければ変装していなくても誰も気づかないものですので問題ありません」
(そんなものなの……?)
まるで最初から隣にいたかのようにナチュラルに紫苑の私生活に入り込んできた高遠は、頼んでもないのに荷物持ちを買って出た。
断ったのだが、高遠は引かず、食材の入った買い物袋も取り上げられてしまったので半ば諦めて今の状態に落ち着いている。
商店街の常連である紫苑について歩いている高遠に対する店のおじさん・おばさんの反応は様々で、先ほどのように兄かと聞かれるときもあれば、恋人かと聞かれることもあった。
紫苑は一貫してただの知り合いで通しているが、誰も高遠が指名手配中の犯罪者であることに気づく者はいなかった。
「なんで誰も気づかないのかしら?」
先ほどの買い物袋を高遠に手渡しながら紫苑はつぶやく。
それに高遠はクスリと笑いながら答えた。
「人間は自分に興味のないものにはとことん無関心なんですよ。平和で平穏な生活を送る一般人にとっては指名手配犯のことなんて考えないものです」
「そういうものなの?」
「ええ。まぁ金田一君やあなたのように事件に関わりを持ちやすい人は別かもしれませんが」
「……でも確かに他の指名手配犯のことを気にとめたことないわね」
「でしょう?まぁそんな皆さんの無関心のおかげで私は快適な逃亡生活が送れて、安心して紫苑さんに会えるわけです」
(警察に指名手配犯の捜索方法の見直しを薦めるべきね)
そんなことを内心思いながらも買い物を再開する紫苑。
すでに高遠の手には中身の詰まった買い物袋が2袋ほどぶら下がっていた。
「たくさん買うんですね」
「そんなに頻繁に買い物に行けないから、安いときにまとめ買いするようにしてるの」
「もしかしなくても1人暮らしですか?」
「そうだけど…知らなかったのね。なんかあなたのことだから前もって調べてそうだけど」
意外に思った紫苑の言葉に高遠は苦笑する。
「出来ないこともないですが、あなたのことはあなたとの時間の中で知りたいのです。それに私だけが知っているなんてフェアじゃあリませんしね」
「……よくもまあそんな恥ずかしいことを抵抗もなく言えるわね」
呆れた口調で返す紫苑の顔は心なしか赤くなっていた。
色白なので顔色の変化は分かりやすいですねぇなどと高遠に思われていることはつゆ知らず、紫苑は次の目的地に足早に向かっていた。