ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇

□本と誘拐殺人と挨拶
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魔術列車殺人事件から半月。

時々、金田一たちと共に事件に巻き込まれはしたが、それ以外は平穏な日々が続いていた。

放課後、金田一は美雪に引きずられて久々のミス研にでることになり、紫苑は図書委員の仕事をしながら図書室で待つことになった。

利用者の極端に少ない図書室は静かで、ドアを開けた紫苑は独特な空気を胸一杯に吸い込んでリラックスする。

早速仕事に取りかかるため、返却ボックスの中を見る。そこには図書室が開いていない時間帯に返された本が入れられるのだが、1日分としては多すぎる冊数の本が本棚に帰るときを待っていた。


(昨日の当番、仕事サボったわね……)


図書室を使う人は少ないが本を借りる人はそこそこいる。

1日分の返却量は多くないが2日分となると流石に多い。


(まぁ、良いけど。たまにはまともな仕事したいしね)


そんなことを思いながら紫苑は返却ボックスから本を出し、大きいものから順に重ねていく。

積み上がった本の山をなだれさせないように慎重に抱えると、紫苑は本棚の並ぶスペースに向かう。

通い慣れているため目的の本棚の位置を把握しているが、予想以上に本の山が重いため時間がかかる。


(3回ぐらいに分ければ良かったかな……)


慎重に歩を進めていた紫苑の視界の端に、人影が映った。


(珍しい…先客がいたんだ……って)

「こんにちは」

「何でここにいるんですか、高遠さん」


その人影は高遠遙一のもので、高遠は窓を背にして悠然と立っていた。


「仕事と紫苑さんのまわりが一段落ついたので」

「明日からまた騒がしくなりそうだけどね」


左近寺の“殺人事件”の時、高遠と接触した紫苑は大事をとってしばらく警察が保護対象とされていた。

特に普段の生活に支障は無かったのだが、ずっと見てくる視線をずっと感じていたので紫苑的には居心地の悪い日々が一週間ほど続いていたのだ。


「大丈夫ですよ。誰にも言わないでもらえたら、私がここに来たことは誰も知り得ませんから」

「……そうですか」


高遠の言葉に呆れながら、本を高遠のすぐそばにある本棚に戻すために高遠に近づくと、相手はとても驚いた顔をする。


「……何?」

「いえ、紫苑さん、私は一応殺人者ですよ?」

「知ってるけど?」


変わらぬ無表情の紫苑の様子から、高遠が何を言いたいのかいまいち分かっていない事を読み取って高遠は苦笑する。


「前回後ろから抱きついた時も思いましたけど、紫苑さんは警戒心が欠けてますね。普通、私のような人を前にすれば恐怖、最低でも警戒するものですよ?」

「殺気も何もない人相手にいちいち警戒してたら疲れるだけでしょう。それとも警戒されたいわけ?」

「いいえ。私としては歓迎すべきことですからね」

「あぁそうだったわね…………あ」

「っと」


話しながら本を本棚に差し込んでいると、抱えていた本の山が崩れそうになる。

紫苑は慌てて体制を立て直そうとするが数冊落ちそうになり、高遠がそれらをキャッチする。

高遠はそれらの本を本の山に戻すと、紫苑から本の山を取る。


「こんな重い物を持ちながら作業をしては危ないですよ?」

「そうだね。以後気をつける」


そう言って紫苑が高遠の手から本の山を取ろうとすると、高遠がその手をするりとかわした。


「私が持ちますから紫苑さんは本をもとの場所に戻すことに集中してください」

「それなら半分に分けたほうがいいと思うんだけど?」

「私よりも紫苑さんの方がここを把握しているでしょう。あなたがした方が早く終わります」

「…………分かったわ」


実際、持ってくれるのは助かるのでそれ以上は言わずに作業を再開する。

最初、高遠が後ろからついてきたので紫苑はなんだか変な感じがするからと言って横に並んで移動して貰った。

あと残り1冊になったとき、ふと紫苑は高遠の言葉を思い出す。


「そういえば仕事って?」

「もちろん完全犯罪の計画ですよ」

「完全犯罪の計画……本気でやるつもりなの?」

「はい。実行するのは私ではなく憎悪を抱えたマリオネットですがね。私はただ犯罪計画を提供するだけです」

「人のことをマリオネットって表現するのってどうかと思うけど」

「合っていますよ。私の計画通り動いて殺人を行う。それは私の作り出した舞台で私の操るままに動くマリオネットに等しい」


そう語る高遠の目は地獄の傀儡師のものだった。


「もちろんその舞台には金田一君も招待する予定です。前回は駄目でしたが、今回私の完全犯罪を前にして負けを認めるのが楽しみですよ」

「失敗したらどうするつもり?あなたが影で操っていたとしても相手は人間。思い通りには絶対ならないわ」

「確かにそうかもしれませんね。でも安心してください。その時の処置はもう決まっているので」


方法は秘密ですけどね、と喉を鳴らして笑う高遠を紫苑は何も言わずに見ていた。

そんな紫苑を見て高遠は持っていた最後の1冊を差し出す。


「この話はもうやめにしましょう。まずはこの仕事を終えるのが先でしょう」

「………………そう、ね」


紫苑は冷酷さを静めて元の穏やかなものに戻った高遠の目を見つめながら、本を受け取る。

紫苑は本棚の下段に戻すためにしゃがみこむ。

殺人者に接近を許し、その上下手の体制をとるとは言語道断だと明智や剣持、金田一がいたら言いそうなほど無防備な紫苑。

特に深く考えず無意識でやっていることを悟り、高遠は人知れず笑みをうかべる。

その目に愛おしさが含まれていることは誰から見ても一目瞭然だった。

その視線に気づかずに作業を終えた紫苑が立ち上がろうとしたときだった。


「おや?」


そう言って高遠が紫苑の隣にしゃがむと、1冊の本を取り出す。


「あまり蔵書のレパートリーが良くないと思っていましたが、こんな物も置いているのですね」


高遠が手に取ったのはマザーグースの民謡を集めた本のうちの1冊だった。


「マザーグースって確かイギリス民謡よね?」

「えぇ向こうでは一般的に読まれています。私も子どもの頃読みました」

「おもしろい?」

「ものによりけりですね。なんせ相当な量の話がありますし、民謡と言われるものですから物語とはまた少し違います」

「そうなんだ。読んでみようかしら」


先ほどまでの緊張した空気は消え去り、1冊の本のことで和やかに会話を弾ませる2人。


「原文のものをお貸ししましょうか?読むのもそんなに難しくないですから」

「そうね……これ読んでから考えるわ」

「そうですか。それでは借りたいときはいつでも声をかけてください」


その時ふと紫苑が我に返って高遠を見る。

高遠はそんな紫苑を見て、何か?と表情をする。


「……高遠さん、自分の立場わかってます?」

「もちろんです。しかし紫苑さんと一緒にいると時間を忘れてしまうようでいけませんね」

「時間を忘れるって…」

「紫苑ちゃん?」


後ろから声をかけられて紫苑が慌てて振り向くと、美雪が立っていた。


「誰と話してたの?」

「え、いや……(もういない)」


不思議そうに首をかしげる美雪の言葉に横を見ると、そこには既に高遠の姿はなかった。

どうやら美雪から見ると高遠がいた位置は死角になっていたらしく、高遠がいたことが分からなかったようだ。

下手に混乱を招くわけにはいかず、紫苑は美雪にしどろもどろに弁解する事になった。






 
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