ピンクのバラに捧ぐ赤い薔薇

□残り火
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取り調べ4日目

つい数日前に複数人がツアーで黄金島に入島しているという情報を得たらしい刑事たちは,何やら焦っているのか,容赦なく高圧的に問い詰める。

紫苑は冷静に対応する。

その態度に苛立ちを隠しきれなくなった坂田が言う。


「君と高遠遙一が何らかの形でつながっている事は分かっているんだ。君も早く解放されたいだろうし,早く事実を教えてくれると助かるんだけど」

「先日から言っているとおりです」


紫苑は動じない。

坂田はピクリと眉を動かした。

そして深く息を吐き出すと,再び笑みをうかべて優しい声音で言った。


「わかったよ。そこまで言うのなら信じよう」

「じゃあ,お話は終わりという事でいいですか」

「いや,現時点では信じるだけで君がグレーである事には変わりないよ」

「……」


坂田の言葉に紫苑は眉をよせる。

そんな紫苑に坂田は笑みを深くして言い放った。


「取引をしようか」

「とり…ひき……」

「そう。取引。君には高遠遙一から情報を得て我々に教え,逮捕に協力してほしい」


不気味な笑みをうかべたまま坂田は話を進める。


「もちろん危険な事であることは承知しているけど,高遠遙一に近づきやすい君にしかできないことなんだ。もちろん助力は惜しまないし,その後の生活も保障するよ」


どうかなっと言って小首をかしげる坂田を冷たい目で見て,間を開けずに言った。


「それが目的ですか?」

「…………」


何も言ってこない坂田を見たまま紫苑は話す。


「昨日に父の話が出てきた時からおかしいと思っていたんです。父の立場と私のこれからの生活について不安を与えて,あの人の逮捕に協力させようという魂胆なのかもしれませんが,自分自身が作った殺人のシナリオを完璧に成功させられなかったからと言って人を殺す犯罪者相手に殺されずにあなた方の要望に応えることは不可能だと思いますし,無事逮捕しても何度も脱獄している彼が再び脱獄して私を殺しに来ないとも限らない」

「……つまり?」

「そんなリスクの高い取引,いえ,リスクがあろうがなかろうが事件にわざわざ巻き込まれに行くような取引はお断りさせていただきます」


紫苑がはっきりと断った後,沈黙が下りる。

しばらくして坂田がガタリと音をたてて立ち上がったことで沈黙は破られた。


「それじゃあ君を逮捕させてもらうよ」

「は?」


唐突な言葉に紫苑は怪訝な顔をした。

坂田は不気味な笑みを張り付けたまま,座っている紫苑に近づく。


「高遠遙一の逃亡の手助けをした容疑で逮捕させてもらう。大丈夫,調べていけば証拠は出てくるだろうし,逮捕後に自白してくれてもいいから安心してね」

(どこにも安心できるところなんてないじゃない…)


不穏な言葉に紫苑は立ち上がり逃げ出そうとする。

しかし,坂田とは反対側からは郷田が迫ってきており,部屋の出口は坂田や郷田の後ろのため逃げ場はなかった。

両端から刑事が迫ってくる中,紫苑は後ろの壁の方に後ずさる。


「警察がそんなこと許されるんですか?」

「高遠遙一に対しては特別班を組んで対応しているんだ。彼に対応するには彼に関する事柄に臨機応変に対応しないといけない。前例のないこのような事態になる事だってあるんだよ」


聞く耳持たない反応に紫苑は冷たい汗をかく。

紫苑の背が壁に付くのと,郷田に腕をつかまれるのは同時だった。

坂田が手にしている手錠が紫苑の手首に近づく。

紫苑に恐怖心を与えて取引に参加させるためなのか,坂田はわざと緩慢に手錠を近づける。

ここまでかと思いながら,紫苑が目を閉じたときだった。


バンッ



 
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