miserable elegy

□雨音混じりの再会
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「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」




店に入ると黒髪美人のお姉さんが声をかけてきた。
どこへ目をやっても、誰を見ても驚きと感動で笑みが絶えない。


このお姉さんは“麦わら海賊団”の考古学者だったニコ・ロビン。
制服ではなく私服にエプロンをしているところを見ると店員ではなくてお手伝いさんなのかと疑問が浮かぶ。





「あの、少しお尋ねしたい事が…」

「おーいサンジー!肉おかわりー!」





私の声は客席の方から飛んできた大きな声にかき消されてしまった。
目を向けるとそこには“麦わら”ご一行が大きなテーブルを囲んで食事をしている。





「わぁってるよ!ちょっとは行儀よく待ってろ!――あーロビンちゃん、お客様ご案内してあげて」

「ええ。――ルフィ、他のお客様も居るからあまり大声では喋らないでね?」

「あ、わりィ!ん?なんだお前ひとりか??」

「え?」





お前と言われて私は自分の周りへ目をやった。私しかいない。
視線を戻して自分自身に指を差すと、椅子の背もたれを抱きかかえるようにして座ってこっちを見ているその青年がニカッっと笑って頷いた。





「おれはルフィ!よろしくな!」

「ちょっとルフィ!誰彼構わず馴れ馴れしくしないの!」

「いて!なんだよーいいじゃんか別にー」

「良くねェよ!常識ってモンを知らねェなお前は」





ナミに頭を叩かれて、ウソップにスプーンでつんつんとつつかれているルフィ。
そんな周りに構わずジョッキを呷るゾロと、コーラを豪快に飲み干すフランキー。





「(なんか、和むなぁ…)」

「お客様、こちらへどうぞ」

「あ、はい!」

「すみませんレディ、騒がしくて」





申し訳なさそうに眉を下げるサンジに首を振って、私はロビンに指定された席についた。

ここの常連は間違いなくこの一行だろうけど、他にもお客が何人かいる。







「……!」






店の中を見渡していると、端っこの席に座っているペアを見つけた。
これもまた見覚えのある帽子を深く被っている2名の男性。






「(シャチ…ペンギン…)」





前世でローの部下だった2人だ。話しやすくて人当りのいい性格だったのを憶えてる。
にこやかな表情で食事をしながら話をしている様子に目が離せないでいると、横から静かに水を注いだグラスが差し出された。





「ご注文はお決まりかしら?」

「あ、すみませんまだ…」

「いいのよ、ゆっくり悩んで。ここのお料理は全部美味しいから」

「はい」





優しく微笑むロビンからメニュー表へと視線を戻す。
食べた事があるものもあれば初めて見るものもあった。けれど目を引いたのは…





「あ、おにぎり…」





パンが嫌いなローの為に、サンジがおにぎりを握ってあげていたのを思い出す。
それをお裾分けしてもらって食べた事があった。





「……」

「どうかした?」

「えッ、いえ!すみません!――このおにぎり一つください!」

「かしこまりました」





注文を受けてロビンがサンジの居る厨房へと歩いていく。
もう一度店を見渡すけど、ウェイトレスをしているのはロビンだけで、他に店員らしき人はいない。

シャチとペンギンが居るからてっきり彼も居るのかと思ってしまった。






「(今日は休みなのかな…)」






一人で息をついて窓の外へ目をやる。

ボーっと窓の外を見ていると、ポツリポツリと窓ガラスに雫が落ちてきた。雨だ。
傘持ってないなーなどと心の中で呟いていると、その雨は一瞬でドシャ降りになった。最悪だ。


恨みがましくも暗くなった空へ視線を投げた、その時…





―――ガチャッ…バタンッ!





勢いよく入口のドアが開いて豪快に閉まった音が後ろ手に聞こえた。
目を向けるのも気怠くてそのまま雨の様子を窺う。







「――なんだお前、びしょ濡れじゃねェかッ」

「あー!いつの間にか雨降ってるー!」

「うっそ!私傘持ってないのに〜」

「店に置き傘あったかしら…」






みんなの言葉に共感しつつグラスに手を伸ばして静かに水を口に含んだ。






「髪までびっしょりだなァ、トラ男ー」





ん?トラ男…?なんか聞き覚えがある名前だな。






「突然降ってきたのね、はい、タオル」




「―――あァ、悪い。ニコ屋」




「――ぶはッ」





耳に飛び込んだ声に、飲みかけていた水がむせ返ってしまった。
喉の奥から返ってくる空気に咳き込みながら口元を押さえる。





「だ、大丈夫かレディ!」




手にしたトレーにおにぎりを乗せて席近くまで来ていたサンジが、慌ててそれをテーブルに置いて私の背中をさすってくれた。

そんな彼にありがとうという意を込めて深々と頭を下げる。
手元にあったおしぼりを掴んで口元を押さえ、ゆっくりと後ろを振り返った。








「―――――ッ!!」







目に映ったその姿に、胸が詰まる。



タオルで拭き取られても水分を含んだ黒髪はツンツンとはねていて、ショートだから露わになっている両耳にはピアスが2つずつ、顎に生えた髭と目の下の隈は相変わらずで、タオルを持った手には「DEATH」の刺青…。





「(―――、ローだ)」





変わらない姿のローが居た。

真っ黒な私服に身を包んで、雨でびしょびしょになった愛用の帽子を見てため息をついている。






「…レディ?」






しばらくボーっと見つめているとすぐ隣から声がかけられ、反射的に目を向けると心配そうに首を傾げているサンジと目が合った。






「あ、ごめんなさいッ。大丈夫です…ありがとう」

「そう?――ウチのウェイターに何か用事でも?」

「えッ」

「じっと見ていたから、先月からウチで働いてるんだ。おい、ロー」

「―――!?いやッ、い、いいですいいですッ」






突然のサンジの行動に驚いて首を力の限り振るけど、時既に遅しとはこの事で。






「なんだ?」






名前を呼ばれてサンジの隣まで歩み寄ってきたローと視線がかち合った。

ダメだ、声が出ないッ。






「このレディがお前の事見てたからさ」

「おれを?」

「あァ。ね、レディ?」





にっこり笑うサンジの笑顔が、前まではすごく優しくて(女性限定)好きだったけど、今は悪魔の笑みに見えてしまって顔が引きつる。彼に悪気はない、知ってる、親切心だという事も。でもッ!





「なんだよ」

「ッ!」




上から降ってきた声に肩が鳴った。

恐る恐る顔を上げると、そこには不機嫌全開で眉間に皺を寄せたローが立っている。
懐かしいその視線に目頭が熱くなって下を向いてしまった。





「…おい」

「レディに対してなんだその態度はァ!!」――バシッ!

「いてェ!何しやがる!」

「そんな人を殺しそうな目でレディを見るなバカ野郎!」

「ハァ!?意味わかんねェよ!」

「隈だ!その隈が悪い!ちゃんと睡眠を取れッ医学中毒者!」

「テメェ!今おれの事見下しやがったな!隈は生まれつきなんだよッ仕方ねェだろ!」





頭上で繰り広げられる言い合いにも頭がついていなかい。
私はもう平常心を保とうと必死だった。





「あーァ、まァた始まった〜」

「仲良いわよねーあの2人」

「傍観してないで巻き込まれがちなあの子助けてやれよ」




「――あーくそ!おい!」

「ッ!?」




バンッ!と机を叩いて、ローが私を覗き込んだ。
至近距離で交わった視線に息が出来ない。






「おれに何の用があるんだ!」

「あ…ッ」





すごい剣幕で捲し立てられて言葉に詰まった。だんだん、彼の視線に涙が滲んでくる。





「!」

「おいこらロー!」

「―――ごめんなさいッ!」





そう言うのが精一杯で、私は急いで席を立った。





「レディッ!」





そして勢いのままに店を出て、雨など気にせず一心不乱に駆けて行く。







「ハァッ…ハァ…ッ!」




乱れた呼吸が苦しくて、喉の奥が引きつって、私は雨の音に混じらせて泣き叫んだ――




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