桃色の愛

□幸か不幸か
3ページ/3ページ





「ブクククク!アレはもうオイラのモノだえー!」



高らかに笑い出す天竜人。会場内はそんな天竜人を称えるように拍手を送る。
そんな空気に吐き気がした。同じ人間なのにどうしてこんなに違うのか。



「誰も文句なんかないえー!」






下品な笑いが木霊する。そんな居心地の悪い空気を、一人の男が掻き消した。





「いいや、大有りだ」




天竜人よりもっと上の客席から、その声は降ってきた。
その声の主は客席にどっかりと座り、スラリと伸ばした長い足を前席の背もたれに組み置き、両隣に付き人を従えて天井を仰ぎ見ていた。




「なんだえお前!オイラは天竜人だえ!」



自分の姿を見ずに割り入ってきたその男が頭にキたのか、天竜人は立ち上がって懐から銃を取り出した。
そしてそれを未だ天井を仰ぎ見ている男に向ける。客席がいっせいに悲鳴で満ちた。



「フッフッフ!物騒なモンを向けるんじゃねェ、この俺に」

「黙れ!下々民の分際でオイラに口答えするなんてッバカだえお前は!」

「あァ、バカで結構!こちとら地面這って生きてきた、アンタ達が毛嫌いしてる下々民!温室育ちの天竜人様には理解してもらえないだろう!」



目元を隠すよに掌で覆い、その男は可笑しそうにただ笑う。
周りの観客がざわざわと不安そうにその二人のやり取りを見守っているが、銃を構えた天竜人が引き金を引く気配はない。

すると、動き出したのは銃口を向けられている男の方だった。



――――バサァ!



身に着けた桃色の羽がよく目立つコートを大きく翻し、その男は先程まで足を置いていた前席の背もたれに器用に立ち乗ると、表情が読めないほど濃い紫色のレンズが煌めくサングラスの奥底から一直線に私を見た。

その威圧的な視線に自然と喉がゴクリと鳴る。
そんな私の反応が面白かったのか、大きく孤を描いた口元が更に深くなった。



「勝手に動くなえ!許可してないえ!!」

「俺に指図するんじゃねェ!」



大声だが、口元は嗤っている。
なんだか会場が一気にあの人のペースに呑まれたような気がした。



「おい、司会者」

「は…は、い!」

「俺が言いたい事、わかってるよなァ?」

「…と、申しますと!?」

「フッフッフ!続けろ」



ズボンのポケットに手を突っ込み、その男は地を這うような低い声で言い放った。



「オークションを続けろ」

「!?」

「なに言ってるんだえ!?アレはもうオイラが5億で買ったんだえ!」

「――8億」

「!!?」



目玉が飛び出しそうになるほど驚いている司会者と観客達、さすがに3億プラスされた額を言い出す輩がいるとは。いや、まず5億の時点で頭がおかしいけど。




「は、8億!?」

「なんだ、別に驚く事か?」

「8億!8億が出ました!ど、どうでしょうか皆様!」

「ふざけるなお前えええ!ならこっちは」

「やめるえ!!」



まるで天竜人を挑発するように視線を投げる男に、まんまと乗っかろうとした息子を父親が腕を掴んで制した。
その光景にも皆の視線が釘付けになる。



「な、何するえ父上!あの無礼者をッ」

「いいから言う事を聞くえ!あの男に関わるな!!」

「ッ!?」



凄みが強い父親の制止の声にビクリと肩を鳴らして、息子は納得のいかない顔のまま渋々と席に座った。

それが合図のように、司会者は恐る恐るマイクを握り直して口を開く。



「えー、では。天源族のシアは8億ベリーで、ドンキホーテ・ドフラミンゴ様の元へ!お買い上げー!」



司会者の発言に会場内が悲鳴と歓声にドッと沸き、居心地の悪そうな顔をする天竜人一行は揃って視線を外していた。




私は開いた口が塞がらず、黙ってその光景を凝視する。
すると、ドンキホーテ・ドフラミンゴと言われた男が一瞬でステージまで飛んで来た。



「!?」

「フフッ、少し下がれ」

「?」



言われた通りできるだけ後ろの格子に背をつける、私が言う事を聞くと彼はニヤリと笑って片腕を上げた。
そして勢いよく空を切る。



――――ヒュン!…スパン!




何が起きたのかわからなかった。
けど、私の目の前にあった鳥籠の格子が無い。正確には切り開かれた。素手で。



「……」

「出てこい」



茫然としている私に声をかけてきた彼は、走り寄ってきた司会者から鍵を受け取って、躊躇いながらも外へ出た私の腕を掴んで引き寄せる。



「!」

「じっとしてろよ、御嬢さん」



言われるがままその通りにしていると、ガチャリと何かが外れる音と共に、私の首を拘束していた首輪がステージの上に落ちた。



「あッ」

「もう必要ねェからな。――さて、金は後で送金する」



側にいた司会者にそう告げて、彼は私を軽々と抱え上げる。



「わッ」

「フッフッフ!軽いな、まずは食事の取り方からか?」

「え…と」

「――ディアマンテ!グラディウス!帰るぞ、準備しろ!」



突然自分が座っていた席に向けて声を発した彼に、ずっと待機していた付き人の二人がそれぞれ応えを返す。
私は気になって、彼を見上げてから問うてみた。



「あの、帰るって…どこへ?」



すると彼は至極楽しそうに口角を吊り上げて言った。



「俺達のアジトへだ。今日からお前の帰る場所になる」




そう言い切った彼のニヒルな笑みが、とても怖くて、とても……心強く感じられた―――




next→
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ