二人の日々(ギイタク小話)

□天使の落書き
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 − Takumi side −



「葉山,ちょっと来い。」

「んー?」

体操服のシャツを持ったまま振り返ると

仏頂面の赤池章三が仁王立ちしていた。

これ・・・

ぼくには,一つしか選択の余地はない。


「あの・・・」

「早く!」

章三は,ぼくの腕をむんずとつかむと,問答無用で引っ張っていく。



「おー!赤池が葉山を拉致ったぞー!!」

「葉山ー。襲われるなよー。」

教室で見ていたクラスメイト達から笑い声が上がった。


わ,笑ってないで助けてくれよー・・・(´;ω;`)ウゥゥ


章三は,わき目もふらず,廊下をずんずん突き進み


「ね,ねえ・・・どこ行くのさ・・・」

「いいから,来い!」


階段を下り,職員室の前を通り抜け,やってきたのは

保健室?


ドアをノックして入室すると

章三は,室内に休んでいる生徒がいないかを確認したうえで


「先生。すみません。奥の部屋を貸してください。」

と,室内でパソコンに向かっていた校医の中山先生に声をかけた。

「赤池・・・と,葉山?」

「はい。」

「どうした?具合でも悪いのか?」

先生は,ぼく達の方を見て心配そうに声をかけてきた。


「いえ。葉山が体育の授業の時に砂埃をかぶってしまって,下着まで全てかえなきゃならないんですが,更衣室が今満杯で。」

「ああ。そういうことか。」

中山先生は,慈愛溢れる目でぼくを見詰める。

「葉山は,以前は人との接触が苦手だったものなあ。」




「いいよ。ここを使いなさい。あ,それから,職員室に行ってくるからその間留守を頼めるか?」

「はい。わかりました。」

「頼むよ。」

中山校医は,ゆったりと笑うと,部屋を出ていった。



残されたのは,ぼくと章三のみ。


ぼくは,章三をちらりと見た。

何か・・・ぼくやったかな・・・・?



「昨日,ギイと会っただろ?」

ぼくは,どきりとし,そして赤面した。

ギイのゼロ番で過ごした甘い夜をリアルに思い出してしまったのだ。

これじゃあ,バレバレだ。


「う・・・うん・・・」

嘘なんてつける雰囲気じゃないことは,




章三の冷たい目線からよくわかっている。



「鏡見てみろ。」

「鏡?」


ぼくは,保健室の奥にある姿見に急いで自分を映してみた。

ギイは,たまに見えるぎりぎりのところに




キスマークをつけることがある。

もしや・・・また・・・と,




首筋から鎖骨にかけてを確認するが・・・何もない。


「背中」

章三がポツリと不機嫌そうに呟いた。

「え?」

背中?

制服のシャツをめくって,自分の背中を映してみようとするけれど,




なかなかうまくいかない。

「えっ・・・?とっ・・・?」

必死に身体を捻って覗き込むけれど,




見えないんだこれが・・・・

そんなに体が柔らかいわけでもないし

見かねた章三が,保健室の棚から,小型の鏡を見つけてきて




美容室のように姿見に映るぼくの後姿を映し出してくれる。




「・・・っ・・・」

「すごいだろ?」

「う・・・そ・・」

ぼくは,絶句した。


「葉山は,あのバカを甘やかしすぎだ。」

「・・・・う・・・。」


章三の渋い顔も尤もで

ぼくの背中の真ん中には,キスマークで丹念に縁どられた

鮮やかなハートの形があった。


「体育祭まで,教室での着替えはやめた方がいいな。」

「・・・うん・・・。」

確かに,この背中は,誰にも見せられない。


「面倒だが,保健室貸してもらうか,寮に一旦帰るか・・」

「体育の度に?」

「見られたいか?その背中。」

「う・・・嫌・・・です。」

「だろ?」


体育祭前だってだけでも,バタバタして忙しいのに

なんだって・・・そんな面倒なことを・・・・?


この突然降ってわいた理不尽な事態に対する怒りが


ふつふつとこみ上げてきた。


「赤池くん。」

「ん?」

「なんか,ぼく・・・・すごく腹が立ってきた。」



ぽつりと低く呟いたぼくに,章三は至極尤もだというように頷いた。



「それは,正しい感情だろう。」

「ぼく・・・行ってくる。」

「ギイのところにか?」

「うん。」

そうだよ。一言言ってやらなくちゃ。

「そうか。」

章三は、重々しく頷いた。

「葉山。」

「え?」

「丸め込まれるなよ。」

「う・・・・。」



確かに。

いつもぼくが怒っていても、


都合よく言いくるめられてしまうことが多いのだ。

ギイはというと、どこ吹く風で。


「ダメなものはダメとガツンと言ってやれ。」

「がんばり・・・ます。」

「健闘を祈る。」


ぼくは、章三に見送られ、ギイのゼロ番へと一歩を踏み出した。


そして,その30分後,ギイの頬には,スーパームーンばりの

ぼくの掌の跡が残されるのである。


葉山託生 17歳


自分で自分を誉めてやりたい

と,心底思った秋の吉日




 



  ー Syozo side −



「おーおー派手にやられたな。」

外出中の札の下がったゼロ番に踏み込むと

クールビューティーと称される眉目秀麗な御曹司は,


その相好を崩し鏡へと向かっていた。



「そうか?」

その頬には,つい先ほどできたと思われる赤い掌の痕

まあ,今日は土曜日だ。

今日と明日と二日も冷やせば大丈夫だろうが。

愛おしそうに頬を手で撫でるこの男の顔の


脂下がっていることといったら・・・


「ギイ。見苦しいぞ。顔直せ。」

「あ?」

「葉山を怒らせるのもほどほどにな。」

「まあ・・・な。」

「しかし,なんだってあんな変なものを」

「変なもの?」

ギイの眉がきりっと吊り上がった。

「章三,あれはれっきとした芸術作品だ。」

「はあ?」

僕は,間の抜けた声を出していたと思う。


「いいか?背中ってのはな,肉がついてないから・・・託生の場合は特にだけど痕をつけるのは難しんだ。」

「あ?」

突然力説しだしたギイに呆気にとられた。

「脇腹や二の腕なんかは,柔らかくてすぐ痕もつくけどな。」

「・・・・。」

「背中に,あれだけの完ぺきな形を作るのは技術がいるんだぜ。」

「おい・・・」

「しかも,普段は見えない場所だ。」

それは,まあそうだな。

「着替えだけ気を遣えば,たいしたことはないだろう?」


「まあな。」

「それにひきかえ,オレは顔だぜ。食事にも行けないんだから,ダメージはオレの方が大きい。」


のわりには,おまえ楽しそうだよな。

「だからさー。伝言頼むわ。」

「伝言?」

「託生に。責任取ってくれるかってな。」

ギイは,綺麗な笑みを零す。


「おい。」

こいつ・・・懲りてない・・・


葉山。気の毒だが,この男におまえの一撃は全く効いていないらしい。


「頼むな。章三。」


ひらひらと手を振るギイの尻に,先のとがった尻尾が見えた。


恋するバカにつける薬などないのだと


改めて覚った


赤池章三  17歳の秋
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