二人の日々(ギイタク小話)

□お月さまはだれのもの?
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「ねえ、ギイ!見て。すごいよ。」




「ん?」




つい今の今まで、バイオリンの手入れに熱中していた託生が

窓際へと駆け寄っていく。







窓の外には、いつもと変わらぬ摩天楼群

けれど、今日だけは、明らかにその様相が違っている。




摩天楼のてっぺんに引っかかるような形で

大きな大きな月が下界を静かに照らしていた。

月は、明るく、クレーターまでがはっきりと見て取れる。




「ああ。今日は満月だったな。」




「うん。」




託生は、うっとりと月を見上げている。




「日本でいえば、十五夜か。」




「えっ?今日だったの?」




「そう。」




「十五夜っていうから、てっきり十五日のあたりかと思ってた・・・」




託生らしい物言いに、思わず顔がほころんでしまう。




「お月見の準備したかったなあ・・・」




「託生は、どんな準備をしたかったんだ?」




「すすきでしょ?それにお月見団子でしょ?」




「なるほど。定番だな。」




「アリスやマックスにも見せてあげたかったのに・・・」







託生は、残念そうだ。

日本の文化に触れる機会の少ない、メイドのアリスや執事のマックスのために

自分で用意するつもりだったのだろう。




「それなら、1日遅いけど、明日でもいいんじゃないか?」

「明日?」

「ああ。今日は、満月とはいえ、少し欠けているんだそうだ。

明日はスーパームーンらしい。」

「そうなの?」




オレが頷くと、託生は大きな瞳を輝かせた。




「じゃあ、明日は、エントランスに準備してもいい?」

「いいぞ。すすきは、島岡に言って、おいている店を調べてもらおうか?」

「ううん。いい。自分でやるよ。」




託生は、うきうきと楽しそうだ。




オレは、ビジネス用のパソコンを閉じると

託生の佇む窓辺へと移動した。




「きれいだな。」

「うん。」




恋人を背後から、柔らかく抱きしめて包み込む。

目の前には、圧倒されるほどの大きな月が輝き

オレたちを金色の光の輪の中に閉じ込めていく。




「月は、なぜ美しいか知っているか?」




突然の問いに、託生は振り返ってオレをじっと見つめた。




「誰のものでもないからだそうだ。」




「誰のものでも・・・」




自然に育まれた神秘的な美しさを持つ風景も

人間の手が入ると

やがて俗化し、その本来の美しさを損ねていく。




月は、まだ誰にも所有されてはいない。




だからこそ美しいのだ。




「そうかも・・・しれないね・・・」




小さく呟いた愛しい恋人の横顔が

はっとするほど儚く消えてしまいそうな美しさで

オレは、回した手に力を込める。




「ギイ?」




不思議そうに見上げた託生に、オレは小さく笑いかけた。




「託生は、月と反対だな。」




「え?」




オレと出会い愛し合うようになってからの託生は

固い蕾が解け

咲きこぼれる花のように

愛らしく綺麗になっていった。




「どうせ・・・ぼくは・・・月みたいじゃないし・・・」




おや、違う方向に捉えたか?

拗ねた顔が、また可愛くて

ああ、オレって、重症だ。




「違うって。」




「何がさ?」




ドナルドダックのように口を尖らせた恋人を

こちらに向かせると

夜気で少しひんやりとした頬を両手で包みこむ。




「オレのものだから・・・綺麗なんだよな。」




「なっ・・」




抗議しようとした、その唇を、そっと塞いだ。










真正面から部屋を明るく照らす

冴え冴えとした月だけが見つめる中




オレたちは、幾度も唇を重ね

裸の身体を絡め合う。




青白い光に優しく包まれ




今日も、夜の海を二人で漂っていく。

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