二人の日々(ギイタク小話)

□今日は何の日?
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「やだ。」




「は?」




「だから・・・嫌なんだ。」




「何?オレ、おまえに何かした?」




優しい彼の瞳に困惑の色が浮かぶ。




「ギイは・・・・何もしてない。」




「だったら、」




「・・・・・ごめん。」







「託生くん。」




ギイの声がワントーン低くなる。




「・・・・・。」




「拒否はいい。だが、オレが納得する理由をくれないか?」




声は、優しいけど、目は笑ってないよね・・・やっぱり・・・。




じりじりと部屋の隅に追い詰めてくるギイ




後ずさりするぼくに、残されたスペースは・・・もうない。




でも・・・ぼくは・・・




「だから・・ごめんね・・・。」




要領を得ない返事に、ギイは小さくため息をつくと、




ぐっと、ぼくの腕を強く引っ張った。




「うわわわっ」




バランスを崩しながらも抵抗するぼくと




あくまでも、抱き込もうとするギイ







無人の談話室の一角で、揉みあうぼく達の背後から




「おい。どうした?」




声をかけてきたのは、思わぬ救世主、赤池章三だった。







「あ〜、章三。聞いてくれよ。」




「あ?」




「託生がオレとキスしたくないって言うんだよ。」




「はあ?」







瞬間、




凛とした涼しげな額に、ピキピキと音を立てて




青筋が立つのが見える。




そりゃ、怒るよね。




だって、泣く子も黙る謹厳実直、




天下無敵の風紀委員長様だもん。







「だってなあ。2日ぶりの再会だったんだぞ。」




ギイは、この2日間、東京の実家に帰っていたんだけど




「恋人なんだから、キスくらい当然・・」




「ギイッ!!」




章三の眉毛がきりりと吊り上がる。







・・・・恐い




「ここは、談話室だぞ。談話室!公共の場だ。

 イチャイチャするなら時と場所を考えろ。

 相変わらず、傍迷惑な男だな。」




はい、その通り、と思うけれど




ギイに世間体を説いたって全く通用しないし・・・




はあ・・・・




心の中で、ひっそりと呟いたのだが








「そーかそーか。何だよ。託生。早く言えよ。」




「え?」




いきなり上機嫌になったギイに、ぼくは思いっきり戸惑った。




「公共の場だから、まずいんだろ?ほら早く部屋帰るぞ。」




「は?」




ぼくの返事など聞かず、ぐいぐいと手を引っ張っていくギイ。





そういう問題じゃないんだよ (TωT)




腕をつかむ彼の手を引きはがそうと、必死にもがくぼく










と、




ズキッ







「!」




「託生?」







突然、しゃがみこんだぼくの姿に驚いたギイが




覗き込んでくる。




「どうした?」




「・・・・」







口に手を当て、俯いたまま、ぼくは返事ができない。




「気分が悪いのか?」




「おい、葉山。」




その時、離れて様子を見ていた章三が傍にきて声をかける。




「口、開けてみろ。」




「・・・・・・」




ぼくは、涙で潤む目で章三を見上げた。




「歯が痛いんだろ?」




「託生?」




「・・・うん」




ぼくは、仕方なく頷いた。




「はあ・・そうか。それで拒否か。」




「章三?」




ギイは、何が何やらわからんといった表情だ。





「だって、うつっちゃうだろ?」




「うつるって何が?」




「虫歯・・・」





「はあ?」




ギイは、思いっきり間抜けな声を出す。





章三は、ギイに向き直った。




「今日の保健の授業の内容が頭にあるんだよ。」




「オレ、授業受けてないから、わからん。教えろよ、章三。」







今日の保健の時間




テーマは、歯の健康だった。




6月は、虫歯予防月間




とうことで




毎年6月中には必ず、そんな授業をくむらしい。




そこで、先生が赤ちゃんが虫歯になる理由を話したんだ。




赤ちゃんは、もともと虫歯はない。




お母さんや家族の口を介してミュータンス菌が入り




虫歯になるって。







ギイは、虫歯になったことがないって言ってたよね。




もし、ぼくとキスしたら(それも彼は深いキスをしかけてくるから)




きっとミュータンス菌をうつしちゃう。







忙しいギイに病気をうつすなんて・・・




だから、中山先生に言って、時間外診療をしてくれる歯医者さんを




紹介してもらったほうがいいかなって思ってたのに




予定より早く帰ってきたギイに捉まっちゃって。







「おい、葉山。僕達くらいの年齢になれば、口内は様々な細菌が

 いるんだぞ。ギイと無垢な新生児を同列に考えるなよ。」




「でも・・・大人でも、うつる可能性はあるって・・・。」




「誰がそんなこと・・。」




「矢倉くん」










奴なら言いかねない。




頬を赤く染めた託生を見ながら




ギイは、心の中で小さく矢倉を罵った。







「よし、わかった。」




「ギイ?」




「まずは、中山先生のところで、歯医者を紹介してもらおう。」




もちろん、ぼくもそのつもりだったよ。




「夜間診療になるけど、歯の痛みは耐えられないからな。許可はでるだろ?」




そうだといいな・・・。




「オレも、一緒に行ってやるから。」




「え?」




「そこで、歯医者に直接聞いてみようぜ。」




「な・・・何を?」




嫌ーーーな予感がぼくの脳裏をよぎる。




「キスしたら虫歯はうつるのかってさ。」




ええええええええ?




「専門家なんだからさ。詳しく教えてもらえるぜ。」




そんなあ・・そんな恥ずかしいこと真剣に聞くつもり?




「さあ行くぞ。」







ギイは、ぼくの手をむんずと掴むと、保健室へと向かう。







「赤池くーーーーーん」







ずるずると引きずられるぼくとギイを




章三は、呆れたような顔で、手を振りつつ見送っていた。










「葉山・・気の毒だが、がんばれよ」







そんな、彼の心の中の声を、ぼくは知る由もない。

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