NOVEL(パラレル)

□だれも知らない
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できることなら,過去に戻って,オレ自身が託生を守ってやりたい。

確かに以前,オレは言った。

そう言った・・・・が・・・


目の前のこれは一体何なんだ?


「ふぇ・・・(>_<;)」


水色の地にトンボが散った浴衣

紺色の帯

零れ落ちそうな大きな瞳には涙が盛り上がり,今にも堰を切って零れ落ちそうだ。


「おかあしゃん・・・・」


あれって・・・


「にい・・たん・・」


あれって・・・・やっぱり・・・


託生だよな?



夏祭り


夜店の並ぶ参道から少し離れた木の下に佇む浴衣姿の小さな男の子


サイズはかなり小さいものの,正真正銘オレの最愛の恋人葉山託生に違いなかった。


一生懸命背伸びをして,参道を行き来する人に目を凝らしている。


これはつまり

迷子だな。


助けよう。

そう思うのだが

この状況は・・・一体?


オレは,小さく舌打ちをした。

託生のサイズも小さいが
(どう見ても幼稚園年少レベルかそれ以下だな)

何を隠そう,オレのサイズはもっと小さかった。


そう。絵利子の持つバービー人形サイズといったらわかってもらえるだろうか?

しかも,自分も浴衣姿だというのが笑えた。


なぜ自分がこのサイズなのか・・・とか

つい今しがたまで,ニューヨークにいたオレが,なぜ日本の夏祭り会場なのか・・・とか

(確かに浴衣を着た託生と夏祭りデートをしたいっ!と思ったことは思ったが)


高3のはずの託生が,なぜ目の前で幼児なのか・・・とか


そんなことは,後で考えればいい。

今は,怯えて泣いているかわいい託生を助ける!

まずそれが第一だっ。




「託生!託生っ!」


オレは,託生の足元にある木の根っこの上に飛び乗った。

呼ばれた託生はきょろきょろと目を動かして,オレを探している。

 
「だあれ?」


「託生。ここだよ。ここ。」


託生の目が下へと降りてくる。

よし。もう少し。


「木の根っこがあるだろう?」

「ねっこ?」

「そう。もう少し右。」

「みぎ?」


ああ,右はわかんないか?


「お箸持つほうの手の方!」

「えっとー。」


託生は,目を閉じると,ご飯茶碗とお箸を両手に持つ仕草をした。


「こっち?」


右手をあげて,にっこり笑った。

タンポポのようなふんわりとした笑顔

ああ・・・なんて可愛いんだ・・・。

このまま,一人で放っておいたら誘拐されるぞ!

家族は一体何やってんだ?

オレは一人で毒づいていた。



託生の瞳が,ゆっくりと移動し,オレを捉えた。

その途端,驚きの表情が広がり,それはすぐに笑顔へと変わっていった。


「こびとしゃん?」

「は?」

「こびとしゃんだねっ。」


託生は,喜びに目を輝かせ頬を紅潮させている。

小人?

まあ,サイズ的に見てその呼び方は,間違ってはいないが。



「にいたんがいってたもん。」

「ん?」


にいたんとは葉山尚人のことだろう。

この年頃の頃は,確か面倒見のよい優しい兄貴だったはずだ。


「ぼくならこびとしゃんみえるよって。」



そう言うと,オレを掌の上にそっとのせて,じっと見つめてきた。

うわっ。吸い込まれそうに大きな黒い瞳。

ふんわりしたほっぺ

可愛いこぶりな唇をドナルドダックのようにとがらせて一生懸命オレを見ている様は

本当に愛らしくて。


「きりぇい。」

「ん?」

「こびとしゃん,おめめがちゃいろ。」

「うん。」

「かみのけふあふあね。」


幸せそうにころころ笑った。



「託生。オレは小人じゃないよ。」

「え?こびとしゃんじゃないの?」


大きな瞳がますます大きく見開かれた。



「ギイだよ。」

「?」


託生は,意味が分からないらしく首を捻っている。



「ギ・イ!言ってみな。」

「ぎ・・・い?」

「そう。ギイ。」

「ぎい?」

「そ。」

「ぎい・・・ぎい?」


くりかえし嬉しそうにオレの名を呼んでくれる。



「ぎい,ぎい,ぎい〜♪」


歌いだしてしまった。

託生はご機嫌だ。



「迷子なんだろ?」


オレの言葉に,はたと託生は我に返った。


「おかあしゃん・・・・」


みるみる涙がせり上がってくる。

しまった。逆戻りだ。


「にいたん・・・。うぇっ・・・・」

「託生っ。泣くな。」

「だ・・・だってっ・・・・。」

「オレが探してやるから大丈夫!」

「こびとしゃんが・・・?」


むっ・・なんだ,その疑わしい目は!


身体はスモールサイズだが,幼児のお前より年は上だぞ。オレ。


「嫌なら,自分で探すか?」

「え?」


託生は,とても困ったような瞳を向けた。


「こびとしゃん・・たすけてくれないの?」


言った途端,大粒の涙がぽろりと頬に零れ落ちる。


ぽろり

またぽろり


「うっ・・うっ・・うえっ・・えっ・・・・」


頬を伝った涙は,ぽつりぽつりとオレのいる掌へと落ちてくる。


「たくみいいいい。」


オレは,託生の涙にめっぽう弱い。


「おい。泣くなよ。」


「うぇっ・・うっ・・っ・・・ぇ・・・・。」


必死に嗚咽を堪える姿もまた可愛い。

ああ,オレ重症だな。

と,こんなのんびりしてる場合じゃない。


とりあえず,託生を家族のもとに届けないと・・だな。


託生の年恰好からして,兄貴はまだ小学生か。

尚人ひとりで,この人ごみから託生を探し出すのは,まだ難しいだろう。


それなら・・・・

見上げた拍子に,託生と目線が絡み合う。


「いいか。託生。オレが言うとおりに歩けよ。」

「・・・・・うん。」


託生は,にっこりと微笑んだ。








「そこを右。」

「みぎ?」


この世界に来たとき,なぜかオレは高い樫の木のてっぺんにいた。

で,その時に会場の全体像を頭にインプットしてある。



オレが方向を示すたびに,託生は立ち止まりご飯茶碗とお箸を持つ仕草で確認をする。


時間はかかるが,まあいいか。


その仕草がまた,何度見ても可愛いんだよなあ・・・。



「そのわたがしやさんの先を左。」

「えっとお・・・」

「違う違う!そっちは右だろ!」

「あ・・・しょっか。」


ぺろりと舌を出す託生は,ああ食っちまいたいほど可愛いんだけど。


心配なのは,こんな愛らしい小さな託生が一人で歩いていると,変な輩の一人や二人・・・


「あれー?ぼく。迷子?」

ほらな。来やがった。

優しげなお兄さんを気取って,親切面して託生になにするつもりだよ。


「お兄ちゃんも一人なんだ。ぼくの家族が見つかるまで一緒に遊ぼう?」


怪しい。

怪しすぎるぞ。


「んーー?」


託生は,その男を見上げて首をかしげた。

おい。託生。悩むんじゃないっ!


「託生。知ってる奴か?」

「ううん。」


託生は,ぶんぶんと首を振った。


「なら,ついて行っちゃダメだぞ。」

「そうなの?」


おい。尚人!どんな教育してるんだ?


「あのな。知らない人には,絶対ついて行っちゃダメだ。」


「わかった。」


託生は,一つ頷くと


「行かない。」

と答え,すたすたと歩き出した。



「あ・・おいっ!」


男は,慌てて託生の腕を掴もうとする。

託生の瞳に初めて恐怖の色が宿った。

くっそー,オレの託生に何しやがる!


オレは,託生に素早く耳打ちした。


「おとう・・・しゃん。」


「もっと,大きな声を出せ!」


託生は,目を瞑り拳を握ると,精一杯の声で叫んだ。


「おとうしゃーーん。」


周りの大人たちの目が一斉に集まる。

男は一瞬怯んだ。

オレは,男の方に飛び上がると,彼だけに聴こえるよう叫んだ。


「お巡りさんっ!不審者です!こっち,こっち!!」


「ちっ・・・」


一つ舌打ちすると,男は人ごみの中に消えていく。


オレは,ほっと安堵の息をついた。

とにもかくにも,早く託生を迷子センターに連れて行かないとだ。


オレ達は,先を急ぐ。


託生は,もみくちゃになりながらも

なんとか,祭りの実行本部へと辿り着いた。



夏祭り実行本部の黄色いテントには,若い女性が一人と三人の男性がいた。

オレは,迷わず若い女性の足元へと託生を導く。

その女性は,パイプ椅子に座ったまま,自分の爪を磨くことに余念がない。


おい!仕事中だろ。

うちの社の人間だったら,即行クビだぞ!


オレは,ぶつぶつ文句を言いつつ,女性の肩に飛び乗ると


「迷子!」

と言い放った。

「え?」

女性は,突然聴こえた声に反応し,キョロキョロと辺りを見回し

やがて,目線が下へと降りると,漸く小さな託生の姿を捉えた。


「まいご?」

託生は,だまってこくんと頷いた。


「おなまえ,いえるかな?」

「はやまたくみ」

「え?」


蚊の鳴くような声は,当然聞き取れずに終わった。


「こら託生。しっかり言えよ!」


恥ずかしがり屋の託生は,もじもじしている。


「息すって!」


託生は,ふううううっと息を吸い込んだ。


「ほら。お腹に力入れて。」


託生は,むんと口を尖らせた。


「お腹から声出してごらん。」

「はやま・・・たくみ」


今度は,聴こえたはずだ。


「はやまたくみちゃんね。」

女性は,託生の名前をメモに書きとめると,放送機器の準備を始めた。


「たくみちゃんは,いくつかな?」


しゃがみこんでにっこり笑う女性に

託生は,もみじのようなぷっくりとした掌を差し出し


可愛らしい四本の指をくいっと立てた。


「よっつね。」


そのまま,女性は託生をパイプ椅子に,抱っこして座らせると

放送機器のマイクへと向かった。



「迷子のお知らせをいたします。はやまたくみちゃんという4歳のお子さんが,ご家族をさがしています。」


託生は,背の高いパイプ椅子に深く腰掛け

足をぶらぶらさせながら,その声に聞き入っている。


「にいたん・・・」


不安そうな二つの瞳が揺れている。


託生を溺愛している尚人が血眼になって今探し回っているであろうことは

容易に想像できた。

彼の耳にも今の放送は,届いたはずだ。


「すぐくるさ。」

「・・うん。」


やがて,紺色の少し大人びた柄の浴衣に身を包んだ託生の兄が

息せき切って本部テントの中に飛び込んできた。


「託生っ・・・・」

「にいたんっ!」


兄弟は感動の再会を果たし,小さな託生は兄の胸の中にすっぽりと納まった。


「どこいってたんだ?心配するだろう?」

「ごめんな・・・しゃい。」


託生の母親は,何やら本部の人間に礼を言っているようだ。


「あのね。にいたん。」

「ん?」

「あのっ・・あの・・こびとしゃんっ・・。」


そこまで言って,託生はオレがいないことに,はたと気づいた。


「こびとしゃん?」


あわてて自分の浴衣の袂を弄ったり,帯の間を覗き込んだり

行動が忙しくなる。


「託生?」


尚人は,弟の行動に目を丸くしている。


「こびと・・・しゃん・・・。」


託生の瞳にじわーーーっと涙が競りあがってきた。


「こびとしゃん・・・いない・・うぇっ・・・ひっく・・・。」


涙をぽろぽろとこぼす託生を抱きしめながら、

尚人は察したようで、優しく語りかけてきた。


「託生,こびとさんにあったんだ?」


こくん


「そのこびとさんが,ここまでおくってくれたんだね。」


こくん。


託生は、大きく頷いた。


「そっかあ。」


尚人は、ハンカチを取り出すと、

涙に濡れる託生のふっくらした頬を拭ってやる。


「どんなこびとさんだったの?」

「えっと・・・ね・・・茶色いおめめで・・・しゅごいの・・・。」

「うん。うん。」


尚人は頷きながら笑顔で聞いている。


「きっと託生が、ぼく達に会えたから、安心して小人の国に帰ったんじゃない?」

「・・・しょっかなあ・・・。」

「そうさ。」


尚人は託生の手を握ると笑った。

健やかな笑顔だった。


よかったな,託生。



・・・・にしても,小人の国ねえ・・・。



帰る術さえ分かるなら,とっくにもとの世界に戻ってるんだけどな。


オレは,腕組みしてううううむと考え込んだ。


小人の国とやらに帰ったと思われているオレが



託生のきつく結ばれた帯の結び目の奥底で



お釈迦様よろしく胡坐をかき



自分の行く末を考えあぐねているなど




託生も


尚人も


そう


その事実を




誰も知らないのだ。

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