NOVEL

□薬指にキスひとつ
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「ギイ,手見せて。」

「あ?」

託生は,徐にオレの左手をとると,じいっと見つめ

やがて,がっくりと項垂れた。


「・・・やっぱり・・・」

「何なんだよ。託生。」


託生の肩を優しく抱きながら,オレは自分の左手をざっと確認する。

うん。指輪だってしてるし

袖口に口紅のような怪しげなものは,ついてない。

ついでに袖口をそっと鼻先によせてみるが,残り香もない。

というより,不用意に女性をそこまで接近させることは,まずない。

香水の強い女性は,側によられるだけで香りが移り

恋人に要らぬ心配をかけてしまう。


よし!オレは完ぺきだぞ。

「どうした?」

なかなか顔を上げようとしない託生の顔を下から覗き込む。

「だって・・・」

少し不満げに頬を膨らませる託生は,ああ,とっても可愛らしいのだけれど。


「あのね。人差し指より薬指が長い人って浮気性なんだって。」

「・・・はあ?」

一体,どこでそんな情報を仕入れてきたんだ?おまえ。


「なんか・・どっかの大学の先生の研究発表があったとか・・・えっとオックス・・フォード?」



ああ「2D・4D比」に関する調査とアンケート結果をデータとする人間の性行動についての研究結果ね。

人間の性行動は不特定多数と一途に大別される根拠となるってやつか。

だが,アンケートの結果と「2D・4D比」に関する調査の結果は一致せず,違いがみられる。




「そう聞いたから・・・」

聞いた?

「誰に?」

「・・・矢倉くん・・・」

「矢倉?」

オレは,心の底で矢倉に,余計なことをと毒づいてみる。


「昨日,スカイプで話した時,指輪を見せてくれて・・・」

ああ,あらかた八津との交際が順調だと,託生相手に惚気たのだろう。

「矢倉くんの指って,ピアニストみたいに長いねって話をしたら,その時・・・なんか急に思い出したみたいで。」


『葉山も気をつけろよ。ギイもいろいろあるだろうし。』(by矢倉征木)


「矢倉は人のこと言えないだろう?」

祠堂時代,来るものは拒まずだった矢倉征木

「長かったよ?」

「あ?」

「人差し指」

「・・・・。」


ー うまくやれよ。ギイ。 −

矢倉の悪戯っぽい声が,聞こえてくるようだ。


あの野郎!確信犯かよ!!

今度会ったら,どうしてくれよう。

オレは,沸々とした怒りに頭を沸騰させながら,

愛しい託生に向き直る。


「あのなあ。オレ,浮気したことある?」

お前と出会ってからは,一筋だぞ。オレ。

「ない・・・よ。ない・・・けど・・・。」

「けど?」

「ギイ・・・モテるじゃないか。」

「・・・・。」

「祠堂に入る前も・・・ギイ・・・すごくモテたって・・・」


NYに来てからは,託生をオレの親しい友人たちに紹介している。

穂乃香さんもだが,祠堂入学前のオレの素行を知る人間は,それなりにいるのだから

託生に,入れ知恵する輩もでてくるにちがいない。


何か・・・ないか?

俯き,ぐずぐずと暗い思考に入っていこうとする託生を横目に

オレは,自分の記憶の海を猛スピードで攫い始める。

と、

あった!

「来いよ!託生。」

「えっ?」

オレは,恋人の腕を引っ張ると,ぐいぐい書斎へと引きずっていく。

「な・・なに・・・なんなの?」

おたおたする託生を,パソコンの前に座らせると,

保存してあったメールをざっと確認し,そのうちの一つを開いた。

「なあ。これでも信じるか?おまえ。」

「・・・・。」

ディスプレイには,幸せそうにほほ笑む新郎新婦の姿

奈美子ちゃんと章三

そして,こちらに向かって手を振る章三の薬指は,人差し指よりも明らかに・・・長かった。


「信じ・・・ない」

「よし。いい子だ。」

オレは,力の抜けた託生の身体をそっと抱きしめる。


「それにな。託生。」

「え?」

不安気に見上げてきた託生に掠め取るようなキスをすると

「おまえだって・・・さ?」

その手を摑んで,翳してみると,託生の視線が泳いだ。



広げられた託生の手


その薬指は,人差し指よりも僅かだが長かった。


「うん・・・ぼくも・・・なんだよ・・・。」

うるうるしてくる瞳が可愛くて,抱きしめる力が強くなる。


「でも,浮気はしたことないだろう?」

「うん。」

これには,すぐこっくりとうなずいてくれた。



「あのな。母胎における男性ホルモンの濃度が高いほど薬指の長さが長くなるといわれているし、
 それにともなう調査結果で不特定多数型の性行動傾向がみられる人間が多いというデータはあるらしいが
 そもそも人間の行動ってやつは,基本的に育つ環境や人生経験に大きく左右されるんだ。
 第一,もう一つ行ったアンケートの結果はこの薬指のデータとは微妙に違う。
 だから薬指が長いから浮気性と決めつけるのは早急だし慎重に検証すべきとの意見もあるんだ。」


「そう・・・なんだ・・・?」

「そうなんです。」

意味わかんなかったかもしれないけどな。



「愛しているのは託生だけだ。」

「ギイ・・・。」

「おまえは違うのか?」

「ううん。ギイだけだよ。」

恋人ははにかむように微笑んだ。




不特定多数っていうのは,子孫の生まれる確率そして遺伝子が引き継がれる確率を高めるための行動だ。

一方の一途は,誕生した子孫の生存の可能性を高める。

どちらがどうではなく,子孫を残すための戦略の違いに他ならない。





「じゃあ託生くん,オレが浮気なんかしないように,毎日ご褒美をくれないかな。」

「え?」

オレの腕の中から逃れようとするけれど,もう遅い。

がっちり背中からホールドするオレ。

「オレが,一途だってこと教えてやるから。」

「や・・・いいよ・・・わかってるからっ・・・」


「まあ,そんな遠慮しないで。」(^◇^)

「してないってばー!」(;゚Д゚)


指の長さくらいで不安にならないよう

しっかり愛してやるからな



心の中で,そう呟いた確信犯のオレは,

託生の薬指に長く甘いキスをした。





                       FIN

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