NOVEL

□空知らぬ雪
1ページ/1ページ


今年も変わらず桜は咲き、その生を終え、

風に花びらを散らしているよ。


ギイ・・・君が今いるその場所にも、桜はあるのだろうか・・・・?



「葉山くん。」


「野沢くん?」


息を切らしてかけてきた野沢政貴が、桜の花びらを散らしたベンチ

ぼくの座っている隣に、よっこらしょと腰かけてきた。


「見事な花吹雪だねえ。」

「あ・・うん。そうだね。」


講義の合間、ベンチに座ってぼんやりと桜を見上げ

時を過ごしていたぼくに

政貴は穏やかな笑みを向ける。



「祠堂の桜並木を思い出すね。」


「・・・・・うん。」

そう、ぼくも際限なく降りしきる桜吹雪を見上げながら


あの懐かしい・・・

(といっても卒業してまだ1ヶ月しかたっていないのだけれど)

祠堂を思い出していたのだ。



祠堂にいるころ、

ギイと並んで桜を見上げる機会は、

そう多くなかったかな。


1年目は、まだ入学したてで、ギイの存在を知ったというレベル


2年目は、同室になったことに戸惑い、

そして彼の思いがけない告白に驚き

受け入れることへの葛藤に揺れていた。


3年目は、階段長になったギイに突然距離を置かれ、

人間接触嫌悪症を再発させてしまった。



ゆっくり花を見るというよりは

消灯前に夜桜を少しだけ眺めに出たり、


階段長のメンバーと一緒に夜の散歩に出て桜を眺めたり・・・

そういったことはあったけどね。



いつか、彼と一緒にゆっくりと桜の花を見上げてみたい、

そう思うけど・・・


「・・・いつになるかな・・・?」


ひっそりと、ぼくは笑った。


「?」

少しシニカルなぼくの物言いは

政貴には、聞き取れなかったようだった。



「空知らぬ雪」

「え?」


突然紡がれた政貴の言葉に戸惑う。


「散りゆく桜を紀貫之はそう表現したらしいよ。」

「・・・・・。」


「儚いね。」


「・・・・うん。」


空知らぬ雪・・・


ギイ、君は一人大きな翼を広げ、紺碧の空へと飛び去って行った。


残ったぼくに、飛べる翼はまだない。


毎日空を見上げながらも、空の何たるかを知ることなく散りゆく桜が

自分の姿にダブって見える。



ああ、ダメだな・・・・

バレンタインに、ギイにチョコを送って、

諦めない!前進あるのみ!


と宣言したのに、


アメリカと日本・・この距離がいつもぼくを弱気にさせる。


「あのさ・・・野沢くん。」

「ん?」


黙り込んでしまったぼくを心配そうに覗き込んできた政貴に一言


「ぼくさ・・・古典は苦手なんだ。」

「ぷっ・・・」


政貴は、一瞬言葉につまった後、

思いっきり笑い出した。


「あははは。葉山くんってやっぱり面白いよ ねー。」


「そ・・・そう・・・ですか?」


「そうさ。ギイが溺愛するだけあるって。」


「溺愛って・・・」


恥ずかしくなったぼくは、赤面しているであろう頬をごしごしと擦った。


「あ・・あのさ、アメリカにも桜ってあるのかな?」
 
「うーん。あるんじゃない?」


「そうなの?」


「確か、ワシントンやニューヨークにもあるって、誰かに聞いたことが・・・あっ、ギイか。」


「え?」


「うん。ギイに聞いたんだ。アメリカに桜は あるのかって聞いたら、桜祭りだってあるんだぜって言われた。」


「桜まつり?」

「うん。」

「東海岸だけじゃなく、西海岸のほうにもあるんだって。」


「へえ。」


そうなんだ。アメリカにも同じこの桜の花があるんだ。


何だか、それだけでほっとしている自分がいておかしくなる。


もしかしたら、ギイも同じ桜を、

同じこの空の下で

眺めているのかもしれない。


それだけで、

彼とつながっている気持になれるから、

不思議だった。


「オレは、託生を、愛してます。」

彼の最後の言葉がぼくの心に力をくれる。



「桜祭りの会場で、念願のホットドックの早食いに出ているとか。」


「そうだね。」


二人で顔を見合わせてくすりと笑った。


「そろそろ5限が始まるね。」

「うん。行こうか?」


「うん。」




薄紅色の桜の木の下に、

空知らぬ雪が降り積もる。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□







「おーい。ギイ。」


「ん?」


「この花の名前、なんだっけ?」


「どれ?」




ギイは、同じ研究スタッフのスマホを覗き込むと、ふっと顔を綻ばせた。


「へえ。今年は咲いたんだ。」


「ああ。去年は全然だったんだけどな・・・って、だからこの花のな・ま・え!」


「サクラさ。」


「あ?」


「サクラだよ。」



そのまま、ギイは研究室の窓を開け放った。

遠くにけぶる薄紅色の桜を目にし、

遠い日本の恋人に思いをはせる。



託生。そっちでも変わらず桜は咲いているか?

もしかしたら、おまえも桜の木の下で、

祠堂での日々を思い起こしているのだろうか?



いや、元気で音楽漬けの日々をおくっているんだろうな・・・。



少しは、オレのこと思い出してるか?おい。


ギイは、苦笑いをする。




この研究で早く成果を出して、

晴れておまえに会いに行く。



その時には、きっと二人で、

桜を眺めよう・・・な。



おまえの送ってくれた2枚のチョコレートは、

今も大切にしまってある。




ギイが窓を閉めようとしたその時、

いたずらな風にのって、

ひとひらの花びらが掌に届いた。



「託生・・・・」


「愛しているよ。」


「うん。ぼくも。」




ギイは、空を見上げた。



抜けるような青空は

今日もきっと二人を繋いでいる。





青空のもとに降りしきる・・・

空知らぬ雪が






今日も・・・

二人の想いをのせて



降り積もる

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ