NOVEL

□きみのいない部屋
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ねえギイ・・・

きみは・・・今何をしていますか?



あの日

意識が戻ったぼくを待ち受けていた現実


それは

ギイの退学


そして

そのきっかけを作った朝比奈礁瑚の自宅謹慎



あまりにも突然で,ぼくはその事実を受け止めることすら難しかった。

その現実を漸く自分なりに咀嚼し,認められるようになるには

やはり時間を要したのだけど・・・



既に季節は移ろい,今は確実に冬へと向かっている。

生徒会も委員会も次世代へとバトンタッチされ

ぼくたち3年生は受験に向けての本格的な追い込みへと入った。

祠堂の高校3年生としてのあたりまえの日々

変わらない毎日

平凡な日常

これが・・・ぼくの置かれた今の現実




でも・・・ギイ

ここに

きみだけがいない



きみの姿

きみの笑顔

きみがぼくを呼ぶ声



ぼくの胸の中に住むきみは,今も鮮やかに甦るのに

もう現実に・・・ぼくの目に映ることは・・・ない。



きみがいないだけで,

どうして日々は色褪せて見えてしまうのだろう・・・・



ふう・・・・

ぼくは,暗いままの部屋で,

マットレスだけになったベッドの端に腰掛け

窓から覗く細い月を見上げた。

去年は,屋上でギイと二人

綺麗な満月を眺めたっけ・・・




明日から冬休み

ほとんどの学生が,

今日の午後に退寮していった。


静か・・・だね。



300号室

通称ゼロ番

ギイのいた部屋


ぼくは,時折,人目のつかない時間帯に,

この部屋を訪れていた。

部屋の主を失い,がらんとしたこの部屋は,

なぜか施錠されていないことが多く

ぼくは,マットレスだけの味気ないベッドに腰掛け,ぼんやりと時を過ごしていた。


不思議だね。

きみが突然目の前から消えてしまっても

ぼくは,こうしてちゃんと息をして

自分の足で立っている。

大切なきみを失って,

心にぽっかりと空いた穴を埋めきれず

苦しくて仕方がないはずなのに・・・


人よりも情が薄いのだろうか?

もしくは,人としてどこかおかしいのではないかと思ってみたりもする。

ギイ。きみはいつも優しく辛抱強く手を差し伸べていてくれた。

ほんの少しの勇気が出なくて,その手を握り返せなかったのは・・・ぼく自身だ。


いつだって・・・そう。

あと一歩が踏み出せずにいるぼく


そのぼくの背中をそっと押してくれていたのは、きみだったね。

飛び込んでみた世界は,自分が心配しているほどのものではなくて

目の前に広がっていく世界は,いつだって優しく居心地のいいものだった。


でも今は、きみがいない


暗闇に一人とりのこされたぼく

ぼくは

どうすればいい?




「葉山。」

小さく軋みを立ててゼロ番のドアが開き,聞きなれた声が届いた。

「赤池くん・・?」

「入ってもいいか?」

「あ・・・うん。」

暗闇の中,ぼくは小さく返事をした。

「ほら。」

何かがふわりと,ぼくの頭にかかる。

それがふんわりとした厚手のタオルだと分かったとき

自分の頬が涙に濡れていることに初めて気づかされた。

「静かだな。」

「・・・ん。」

章三の声は,穏やかで温かく,

心に深く沁みた。

彼と章三とぼくと三人で交わした

他愛もないやり取りが走馬灯のごとく

思い出されて

ぼくの涙腺は堰を切ったように

音を立てて壊れた。

「うっ・・・えっ・・・・んっ・・・」

大粒の涙がぽろぽろととめどなく流れ落ちていく。

ギイ・・・ギイ・・・


病院から祠堂に戻ってきた夜,三洲のいる前でギイを思い,ぼくは涙を零した。

「想定内だったのかもしれないな。」

ギイが既に大学のみならず大学院の課程も終わっているらしいこと

ギイは,祠堂を卒業することにはこだわっていないだろうということなどを

教えてもらった。

どれもが,ぼくにとっては初耳で・・・

それならば,なおのこと彼がいつも使っていた「覚悟」という言葉の重みが

ぼくに圧し掛かってくる。

彼が,どんな想いで日々を過ごしていたのかを思うと堪らなかった。



章三は,黙ってぼくの側に寄り添っていてくれた。

きっと今日,ぼくは酷い顔をしていたのだろうと思う。

みんなは,もう気づいていたんだね。

知っていたよ。

普段は気がつくと,優しい友人達そして後輩の誰かがいつもぼくの側にいてくれて・・・

でもそれは,不快なものではなく,彼らのさり気ない気遣い。

彼らの側で過ごしていると,その間は心の底にある寂しさを紛らわすことができた。

ギイ・・・きみがぼくにくれた

「友達」という名の宝物。

今,ここにいる章三も

何かを感じ取って来てくれたのに違いなかった。


会話のないまま,静かに時計は時を刻む。

漸く,嗚咽が収まり落ち着きを取り戻したぼくに,彼はぽつりと言った。

「夢にするなよ。葉山。」

「え?」

「あいつを夢の中の存在にするなって言ったんだ。」

「夢?」

「そう。あいつは,この祠堂に,僕達のかけがえのない友人として確かに存在したんだ。奇 跡的なことだったのかもしれんがな。」

「あ・・・か・・・いけくん?」

涙目のぼくに,章三は笑った。

「なあ,葉山。人間が生きているってことは,それだけで素晴らしいことなんだよな。生き ていくことは確かに辛いことも多いけど生きることを諦めなければ,いつか想いは叶うものさ。」

「そう・・・なのかな?」

「ああ。ギイの奴が,僕達以上に諦めが悪いのはおまえさんだってわかっているだろう?」

「・・・・。」

「おまえさんを見初めたの,小学校かそれ以前かだって?三洲が崎のストーカー気質は問題 だと呆れてたぞ。」

章三は笑う。

「ストーカーって訳じゃ・・・。」

「ストーカーもどきだろ?」

赤池くん・・・君まで言うか・・・。

「だからな。葉山。」


「諦めるなよ。」



その時,


「諦めたら,それでおしまいなんだ。THE END後がない。そうだろ?」

ギイの声が鮮やかに甦る。

あれは,初めて同室になった夜,ぼくを抱きしめた彼が噛み締めるように呟いた言葉。

ぼくは何と答えただろうか?


「おしまいでよかった。」

「諦めたほうが楽だよ。ギイ。」


そう。あの頃のぼくは,全てを諦めることでしか自分を守れなかった。

本当は・・・諦めたくなかったのに。

でも・・・諦めずにいるにはどうすればいいのか

誰もぼくには教えてくれなかった。


ままならぬ気持ちに苛立つぼくを,

「そうだね。託生。」


ギイは,しっかりと抱きとめてくれた。


託生は,そのままでいい

自分の想いを最後まで諦めてはいけない

教えてくれたのは・・・ギイ。

人を愛することの素晴らしさ,愛しい人のぬくもりをぼくに教えてくれた。



ぼくは,このままきみを諦めていいの?

もう二度と会えなくても平気?

こんな切ない気持ちのまま一生を過ごしていける?


・・・・・否


ぼくの瞳に涙が盛り上がる。


「諦めたく・・・ないよ。赤池くん。」

「葉山。」

「諦めたくない。」


ぼくは,再びぐずぐずと鼻を啜った。

いやだな

なんでこんなに泣き虫になってしまったんだろう。


以前は,一人でいることは辛いことではなかった。

むしろ,かまわれることの方が苦痛で・・・

でも、きみの愛を知ってからは,二人の時間が愛おしすぎて

再び訪れた一人ぼっちの時間に,ぼくはいまだ慣れずにいる。

寂しいよ。ギイ

会いたい

会って,きみの温もりに包まれたいんだ。



埋もれていたであろう,「ぼく」という存在を探し出し

はるか遠いアメリカから海を越え,きみはぼくに会いに来てくれた。

心を固く閉ざし,拒み続けるぼくを,それでもきみは諦めず待ち続けてくれた。



あきらめない

それがギイの信念だった。


『オレは,託生を,愛してます』

ぼくに残されたギイの最後の言葉


ぼくも・・・きみを愛している

ずっとずっと,愛し続ける



ぼくの想いは,きっときみに届いているんじゃないか

今は,なぜかそう思えるようになった。


諦めるなよ。託生。

諦めるな。葉山。


最愛の恋人とかけがえのない友人が,ぼくの背中を押す。



「大丈夫だよ・・・赤池くん。」

「葉山?」

「ぼくは,大丈夫。」

彼の瞳をじっと見詰めると,章三はふっと笑った。


「明日,早いんだろ?」

「え?・・・うん。」

「そろそろ戻ろうか?」

「・・・うん。」


「受験する音大,もう行ってみたか?」

「・・・ううん。この休み中に見に行こうかなあって・・。」

「そっか。」

「赤池くんは?」

「ぼくは,もう下見は終わってるから,冬休みは手のかかる親父の世話をしながら,あとひとふんばりするさ。」

「そっかー。」

「そうさ。」


そう。これが,ぼく達の日常・・・。


「鍵・・・閉めるぞ。」

「あ・・うん。」


当然のごとく,章三がゼロ番の鍵を閉める。

ギイのいない部屋

ギイとの思い出の詰まった部屋が

閉まりゆく扉で徐々に見えなくなる。



ぼくは,前を向く。

諦めないために。



ぼくは,今,前を向く。






※今更の、補完話。私の中の、赤池くんと託生くんの関わり方は、こんな感じです♪

 

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