NOVEL(別設定2)

□百花繚乱 第3部
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「かわいい・・・」

託生の腕の中には,ふわふわとした感触の柔らかな産着に包まれた小さな赤子。

愛らしい口をぽわんと開けて,ふわあああっと徐に欠伸をするさまを見ると

愛おしさが胸にこみあげてくる。

つんつんと,そのぷにぷにしたほっぺを触ると,小さなもみじのような手が

乳を求めるように襟元を彷徨い,単衣の上から胸をまさぐってきた。

慌ててその手を取ると,今度はぎゅっと託生の指を握りしめてくる。

そしてそのまま,赤子はすやすやと寝息を立て始めた。

「寝ました?」

「そのようですね。」

隣から覗き込んできたのは,赤子の母である奈美だった。

「初対面のお方には,全く懐かないのに,託生様は特別なようですね。」

「そう・・・なんですか?」

赤子を抱きながら,驚いたように奈美を見ると,彼女はくすりと笑って

「本当ですよ。だって,うちの旦那様でも大泣きされたのですから。」

「ええっ?」

振り返ると,赤池が腕組みをしたまま仏頂面で座っている。

「さようでございましたよね。旦那様。」

奈美の屈託のない明るい笑顔に,赤池の形のいい眉がピクリと動いた。

「・・・さよう。」

多少不本意のようではあるが

鬼の赤池と皆に恐れられている将軍側近の若侍も,愛する妻と赤子には頭が上がらないらしい。



「託生様も,すぐに授かりますわ。」

「え?」

「上様とのお子なら,さぞ美しい赤さまに違いありませんわ。ね?」

「あ・・・ああ。」

話を振られた赤池は,曖昧な返事を寄越した。

彼は,託生の真実を知っている数少ない一人だ。

「ほら,仲が良すぎると子どもができないと申しますでしょう?」

「?」

「少し,上様にはつれないぐらいのほうが,ようございますよ。」

「つれ・・・なく?」

「はい。」

奈美は,にっこり微笑みながら困ったことを口にする。

上様につれなく接する?

託生は困惑した。

「おい。奈美。託生殿が困っておられるではないか。」

「あら。でも本当にそう言われますのよ。」

奈美は,悪びれることなくころころと笑う。

赤池は,眉間にしわを寄せたまま,コホンと一つ咳をした。


と・・・

「おいおい,奈美殿。」

聞きなれた麗しい声が背後から響く。

「あ・・・」

託生の心臓の鼓動が,とくとくと早くなる。


「あまり,知恵を授けないではくれまいか。」

にっこりと微笑む年若い将軍に

奈美は託生と顔を合わせ小さく笑うと

将軍に向き直り,静かに頭を垂れた。


「託生。迎えに参ったぞ。」


立っていたのは,託生にとってこの世で唯一無二の存在

全身全霊をかけて愛する男だった。
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