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□-後編-
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車に乗って、マンションへと戻る最中に、杉本さんへのお見舞いのことを打ち合わせたけれど、素っ気なく最低限のことしか口にしてくれない常盤に心が折れそうになる。
車を降りて、エレベーターに乗っても聞こえるのは機械の音だけで、常盤を見つめることができず、視線は足元に固定されたままだった。
部屋に戻ってもこのままだったら嫌だ。
二人きりなら常盤も話してくれるかもしれない。それに縋るようにエレベーターが到着するのをひたすら待った。
「常盤」
リビングに入って常盤の上着を受け取ろうとしたが、それを避けて寝室へ向かおうとするから慌てて腕を掴んだ。
「・・・すまない、椿。僕はちょっとおかしいんだ、一人にしてほしい」
苦しそうに眉を寄せて顔を背ける常盤に、ますます腕を掴む力を抜くことができなくなった。
それどころか両腕を掴んでなおさら逃げられないようにする。
「椿・・・」
困った顔をする常盤を見つめて、
「常盤、話してほしい。僕が常盤を苦しめているの?」
「違う・・・違うけど・・・」
キュッと唇を噛みしめて話してくれそうになくて・・・常盤をソファに座らせる。
僕もその横に座って、
「僕は、常盤のことが何よりも大切なんだ。だから、常盤が苦しんでいるならそれを知りたい」
両手を握って常盤を見つめると、観念したように溜息をついた。
「椿が・・・滝川君と親しそうなのが嫌だった。滝川君のために、忙しい椿が時間を割いてあげたり・・・」
そんなことを言う自分を恥じているのか、常盤の頬が薄らと赤くなっている。
僕は常盤の言葉とその色気にドキドキと胸を高鳴らせていた。
「それでも、生け花に関する事だからって何とか自分を納得させていたのに、なのに・・・さっきは杉本さんのお嬢さんにあんなに抱き付かれていて・・・」
「え・・・だ、抱き付か・・・ち、違うよ。彼女たちは暇だったみたいで、僕はその暇潰しの相手で捕まっていただけだよ」
「あんなに密着されていたじゃないか」
「逃げられないようにだよ」
「食事に誘われたり、恋人のことを追及されたり、あの子たちは椿を狙ってたんだろ」
じっとりと睨まれて次々と突きつけられて、全て誤解だと説明しても常盤は信じない。
常盤の思い込みだと、何て言ったら信じてくれるだろう。
違う、違う、と何度も首を振る僕に、ギュッと目を閉じて次に目を開いた常盤は真っ直ぐに僕を射抜いた。
「僕はね、嫉妬したんだ。滝川君や、杉本さんのお嬢さんたちに」
「し・・・と?」
「うん。ずっと考えていた。どうしてこんなに胸がモヤモヤするんだろうって。椿が僕だけを見てくれない。椿が他の人を見ている。そう考えたら、もっとモヤモヤが強くなって・・・だからわかった・・・こんな狭量でごめん。少し一人にさせてくれれば、ちゃんと収めるから」
苦しそうな常盤の顔が突き刺さる。
ああ、僕は何も理解できていなかった。
ギュッと胸元を強く掴んで、常盤の腕を掴む。
「ごめんなさい、謝るのは僕のほうだ」
僕は好きだと毎日伝えていたつもりだったけれど、全然伝わってなかったんだ。
毎日のキスも、僕は本当に恥ずかしかっただけだけど、常盤には嫌がっていたように見えたのかもしれない。
だから、常盤にキスをしても辛そうな顔をさせていたんだ。
そんな時に、滝川君や杉本さんのお嬢さんと仲良くしているところを見て、ますます信頼を失くしていたんだ。
そんなの、簡単に想像できたはずなのに・・・不安になっているところに常盤が他の女の人と仲良くしていたら、僕は嫉妬だけじゃ済まなかったかもしれない。
申し訳なさばかりで、後悔に胸が押しつぶされそうになる。
ギュウッと常盤の両手を握って、真っすぐに見つめた。