***

□前編
1ページ/9ページ


出会いは9歳の頃。
親の付き合いで、行きたくもない華道の習い事で訪れた古くも大きなお屋敷の中。
自分の名前と顔が女みたいでただでさえコンプレックスなのに、さらに華道まで習わされていることが知られたらどれだけ学校の友達に馬鹿にされるだろうと、ブスくれた顔をしていたのを覚えている。




広く、畳と植物の匂いがする部屋の中、お行儀よく座布団に座っていることに飽きて、視線を彷徨わせる。
華道の家らしく、床の間は立派な花器ときれいな花が飾られていた。
でもやはり花なんか興味は持てなくて、今度は庭へと視線を送る。


日本の庭園といった感じの広くて手入れの行き届いた庭で、彼を見つけた。


年は多分僕と同じ頃。
すっきりとした顔立ちと意志の強そうな目元。
両手には花を抱えている。
彼もここに習いに来ているんだろうか?
同じ年頃の男の子がいるなら、少し気が楽になる。


彼の名前は古泉常盤(こいずみときわ)。
ここ、古泉流の跡取り息子だそうだ。
それを聞いてちょっとガッカリした。
僕と同じような境遇だと思っていたが、家元の息子なら華道を習っていても何もおかしくないからだ。
やっぱり僕は笑われてしまうかもしれない。


ガッカリと肩を落としていると、彼のほうから声をかけられた。

「君の名前・・・ひめやまって読むの?」
「え?う、うん、姫山 椿(ひめやまつばき)って言うんだ」

この9年間で何度も繰り返したやり取りがまた成されるのだろうか。
女の子かと誤解され、名前を何度も確認され、最後には誤魔化すように笑われる・・・

「ふーん、山茶花の別名だね。綺麗な名前だ」

でも、常盤はちょっと違うことを言ったから顔を上げる。
花の名前を言われたから、やっぱり女の子だと思われたかもしれないけど。

「姫椿って山茶花の別名だよ。僕、好きなんだ」
「・・・そう・・でも、男につける名前じゃないよね」

誤解は早々に解きたくて早く口で伝えた。

「くすっ、確かにね。でも、椿には似合ってるからいいんじゃない?」
「・・・へ?」
「あ、もしかして、女の子みたいとか言われたりする?」
「・・・うん、すっごく」

名前を似合ってると言われて、やっぱりか、と落ち込んでしまう。

「椿を女の子だと思わなかったけど、綺麗だなって思ったよ」

ポカンと常盤を見る。
小学3年にしてどれだけ口が達者なんだろう。
常盤は驚いたままの僕をくすくすと笑い、

「名は体をあらわすっていうけど、椿は本当によく似合ってるよ」

綺麗に微笑んだ常盤の顔に、僕を貶める色は欠片もなくて、子供にしてはませた事を言う常盤にすっかりと心を開いていた。



多分もう、この時には常盤のことを好きになっていたんだ・・・
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ