***

□前編
2ページ/9ページ


時は流れて8年後。
恐ろしい事に、僕は高校2年になっても華道を続けていた。
あれから常盤や色んな人に丁寧に指南してもらい、華道に魅せられた僕は周りの雑音に気にすることなく古泉流の指南を受けている。
制服姿で花を抱えて家に帰ることにもすっかり慣れてしまった。
華道は奥が深くて、その時の自分の心情をあらわすことができる。



「へえ、椿。今日は紅葉なんだ」
「常盤・・・まだ完成してないんだからあんまり見ないでよ」
「椿の作品はその過程も好きなんだ」

ドキリと心臓が高鳴る。
常盤の何気ない言葉が嬉しい。


華道を続けている理由のもうひとつ・・・というか、最大の理由は、常盤がいるから。
僕は高校に通い、常盤は自宅学習と別だけど、ここに来れば常盤に会えるから、僕はずっと通い続けている。


常盤はやはり家元に相応しく、花材の扱い方も花器の選び方も常人と異なる。
そして、お家元や常盤の理念で口癖のでもある花の言葉をよく聞いて、自由に活ける花は伸びやかで清清しくて、無限の広がりと物語を感じさせる。

常盤のように活けたくて、一時マネをしたことがある。
けれど、結局うまく行かなくて、常盤にも僕の感じ方で活けるほうがいいとキッパリと言われてからは、自分の思いのまま活けるようにしている。



常盤は僕の師匠と言っても構わないほど教えてもらっているけれど、でもやっぱり途中で見られて、しかもずーっと横についていられて見つめられると緊張してしまう。


・・・ただでさえ、常盤に邪な思いを抱いていると言うのに。
花に、僕の気持ちが出てしまいそうで手が震えてしまう。


僕は一旦手を止めて、鋏と花を置いて深呼吸をした。
常盤は僕の様子を黙ってみている。


僕と常盤は親友。
ただそれだけでも眩暈がするほど嬉しい。
そんな常盤をガッカリさせたくない。
常盤が大切にしている華道に、邪な感情を入れたくない。


す、と目を開いて花を手に取った。
もう雑念は感じない。
迷わずに活け始めると、何の音も聞こえなくなるようだった。



のめりこんでしまった華道。
好きになってしまった同性の親友。

どちらも難しい道だけど、思い続けるだけなら誰も傷つける事はない。
自分から動かなければ、ずっとこのままでいられるはずだ。
時に苦しいけれど、それでも全て補うくらい甘やかなこの時間がかけがえがない。



「・・・タイトルは?」
「考えてなかったな。なんだろ、紅葉だから『秋の訪れ』かな?」

あれからそんなに時間もかけずに完成させると常盤に質問された。
練習用の花材にタイトルなんか考えた事もなかったから、適当につける。

「うん、いいね。椿ももう師範代になれるよ」
「僕があ?常盤くらい活けられたら考えるよ」

常盤は褒め上手。
すでに何人かお弟子さんを抱えていて、優しく褒めて伸ばしている。
お家元には、時には厳しく教える事も必要だと説教された、とぼやかれたこともあるくらい優しく教えている。
厳しくしたり怒ったりすることが苦手な常盤には、確かに難しそうだ。
だから僕は「優しくても、熱心に教える常盤ならその言葉はちゃんと通じるよ」と本心から励ましたのを覚えている。


「椿は才能あるよ。花が喜んでいるから」

さすがに分不相応な褒め言葉に顔が赤くなる。
少し恥ずかしい言葉も常盤は惜しげもなく使う。

才能というならば、常盤の方が何倍も上だろう。
花だって常盤の方を愛しているよ。


・・・僕には常盤ほどの勇気がないから面と向かって言えないけれど。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ