小説倉庫3

□いろはにほへと
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白粉と炊き詰められた香の匂いは好きではなかった。だが、視界に入ってきた鮮やかな金糸は、束の間瞬きすることも呼吸することも忘れるほどに美しかった。

見蕩れて、思い出したように苦しくなり息を吸い込む。吐き出すと同時に、行くつもりも無かった茶屋に足を動かしていた。


***


年齢は十五。まだ幼さの残る痩身は、あっさりと動きを封じられて忌々しそうに此方を睨んでいる。鋭い双眸に、射貫かれた。
茶屋の店主は、二階の空部屋を通して引き下がった。手に握らせた金銭を考えれば、それでも釣りが来る。しかし相手は、夜の客ではない。しかも遊女相手では無かった。茶汲みだ。
本人も、まさか相手にされるなどとは思わなかったのだろう。少しは名の知れた遊女もいるような場所で、今まで見つからずにいたのだろうが、自分に出会ったのが運のつきだった。
もしも、己でなければ花魁相手に夢現を抜かすのだろう。

残念ながら、自分は極度に女性不審だった。

生まれて、実の母親に目玉を抉られそうになった、というのが心傷になっている、らしい。もう面影も思い出せないが、美しいと評されるどんな女性であっても心を動かされたことはない。必要以上に踏み込んでくる図々しい者や、矢鱈と媚を売る相手など、特に嫌気が差した。
そんな輩では、一切動かなかったのに。

頭上で手首を一纏めにして、服を剥いでいく。しみひとつない、真っ白な肌。滑らかなそれは柔らかくはなさそうだったが、肌理細かく、橙色の灯火に照らされて美しく映えていた。頚筋に吸い付いて、鬱血の痕を眺める。もとが白いだけに、それはそれは鮮やかに色が付いた。

拒絶と制止の声がかかっているが全て聞き流し、脇腹を撫でて下腹部を手で辿る。未成熟な躰がびくびくと跳ねた。同じ男。なのにこうも煽られる。何処を如何すれば気持ちがいいのか、分からない訳ではない。下肢に触れれば、其処はぬるりと濡れていた。
態と音を立てるようにしごいてやると、面白いほど身を捩り、逃げようと藻掻く。

かぶりを振って、金糸が揺れた。乱れ散る黄金色の隙間から、潤いに満ちた瞳が覗く。鈴口に爪を立てると、呆気なく弾けた。尾を引くような声を上げて、背を仰け反らせる。ぱたぱたと飛び散った雫が、服と白い腹を汚した。

余韻に唇を戦慄かせ、睫毛を震わせて。陶磁のような肌がさっと紅潮する。くたりと弛緩する四肢。まだ華奢なそれが、床に投げ出される。激しく胸を上下させて、息を整えようとするのを待たずに指を会陰に滑らせた。
香油を掬いとって、たっぷりと後孔に塗りつける。びくん、と大袈裟に躰が強ばった。女のようには濡れず、受け入れる機能は備えていない場所。知識だけで、触れたことも無かったが嫌悪感は無い。余りに、美しい容姿のせいか。それとも。

考えている間にも、指は容赦なく潜り込ませ、中を掻き回す。肉壁は強く収縮し、受け入れるのを拒んでいた。痛みと圧迫感に、細い眉が寄って、ぼろぼろと涙が溢れている。目尻からそれを舐めとって、少し解れた菊門に挿入する指の数を増やした。

放っておいた前も揉みしだくと、口が開いてほろほろと啼く。再び熱を取り戻す若く幼い身体。しとどに濡れそぼり、双丘へ伝って指の動きを意志とは無関係に助ける。ばらばらに指先を動かすと、内股が震えた。声に甘さが混じる。

締め付けてくる体内から引き抜いて、張り詰めた熱を宛てがう。一気に貫くと、その熱さに息を詰めた。悲鳴を上げることも出来ず、大きく目を見開いている。幾ら解したとはいえ、かなりの負担なのは目に見えて明らかだ。
かといって止めてやれるほどの優しい人間でもない。そもそも、そんな人格であれば強引に引きずり込むこともしないだろう。

腰を掴んで、揺さぶる。逃げようと上へ上へとずり上がるのを引き摺り下ろした。根元まで埋めて、ぎりぎりまで引き出し、それから押し戻す。耐え忍ぶように噛み締められた唇は、血が滲んでいた。

そこいらの者など、競うのも間違うほどの色香。よくぞ、これでいままで誰にも見つからずに済んだものだ。かほど美しい見目であれば、自分でなくても我がものにしようとしたに違いあるまい。幸い、そうならずよかったと他人事のように思った。そうであれば、相手を切り殺そうとしたかもしれない。

意識を手放し、人形のように動かなくなる。汗と体液を拭って、灯火が消え入ってしまうまでその顔に視線を注いでいた。


***


それからというもの、足繁くその店には通うことになった。袖を引く花魁に目もくれず、店主に金を渡す。

階段を上がれば、睨みつけてくる蒼氷色の双眸。そうでなくては、と口端を持ち上げた。

あれから他の客もとるようにはなったようだが、かなりの額を渡さねば会うこともままならない。機嫌を損ねれば、二度と会わぬらしい。高嶺の花だ。
自分はそのように仕向けた張本人であり、蜜を吸いに来る毒蜂であろうか。二度目の逢瀬は甘さなどなく、初めからそんなことを夢想するほどの性格ではなかったが、あろうことか小刀を突きつけられたときには苦笑も出なかった。本気で殺されかけ、腕を捻り上げて事なきを得た。まるで猛獣だ。檻に入っている、されど鎖もなにもない美しい誇り高い獣。

恨みたければ、恨めばいい。生温い感傷は願い下げだ。飼い慣らせないからこそ、組み敷いて蹂躙したくなる。我ながら悪い趣味だと熟熟思わずに居られない。
何度か肌を重ねて、少しは彼の性格も掴めた。まず、かなりの負けず嫌いであること。短気であること。頭はかなり良いこと。これは、自分が持ってきた異国の本をすらすらと読んでいたので分かった。
そして、甘いものが好きだということ。

外套に入れていた飴を渡すと、常に纏う剣呑な空気が掻き失せ、頬張る姿は歳相応で可愛らしかった。それから、店にいって買い求めた。後にも先にも、誰かのために何か買ってやったのはあれが初めてだ。

煙草をくゆらす己とは対照的に、匂いが嫌いだといって遠ざかり、飴を舐める。真っ赤な舌が鼈甲飴を溶かし、ちろりと蠢くのは劣情を誘った。

煙を吐いて、貌に吹きかける。煙たがって咳き込み、むすりと膨れ面になるのに、笑った。これが、貴方を抱くという合図とは、思ってないだろう。


***


白い薔薇の花束を抱えて、手渡す。
数箇月振りに出会った彼は、きょとんとしてそれを受け取った。

結局、手に入れることは叶わなかった。それでもいいと最初は思って、だが独占したいとまで、そのためなら富も名声も捨てていいとさえ思った。だが、そんなものを彼が望む筈もない。
紅茶やブランデーの瓶や、干魚や缶詰。様々なものが並ぶ店で、覚えたばかりのそろばんを弾く姿が初々しい。
伸びた金糸に口付けようとして、するりとそれは彼が動いたことで手からすり抜けた。故意でないとしても、なんと意地悪なのであろうか。

何やら店の奥から不穏な視線を感じるが、笑みを返してやる。

此方が大事にしまっていた宝石を横からかっさらったのだ。これぐらいのちょっかいは、してもいいだろう。それが嫌なら精々、奪い返されないようにしてみせればいい。

無言で宣戦布告し、薔薇を一輪、花束から抜き取って彼の髪に差し込む。金糸に、純白のそれは映えた。甘い、控えめな品のある香りが煙草のそれに混じっていった。


Ende.



あとがき

前回書いたやつの、黒が手篭にしちゃおうとするとこです(笑)報われない男、が好きですが、こういうちょっかいさんでもいいかな、とか。そんなことを思う今日このごろ。

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