小説倉庫2

□安寧
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するりと彼の指が髪を巻きつけて遊ぶ。それは彼の癖だ。意識してやっているのでは無いかもしれない。極、親しく限られた者――――というか自分だけ――――の髪をそうやって弄るのだ。
余程、この髪を気に入っているらしい。

自分からすれば、彼の見事な金髪の方が好きだ。

それだけではない。何事にも信念をもってあたることだとか真面目過ぎて融通が利かず不器用なところだとか、戦局を一早く打開して好転させる能力は一流であるのに色恋沙汰にはさっぱり駄目で鈍いところだとか。他にも沢山あって数え出せばきりがない。人に話せば勿論、惚気と苦笑されるだろう。自分でもそう思える。

ひとしきり指に髪を絡めていたラインハルトは、指を離して言った。

「やっぱり綺麗だな。」

「有難うございます。しかしそういうお言葉は私よりラインハルト様のほうがお似合いではないかと。」

「何を言ってるんだキルヒアイス、お前みたいな赤毛はそうそう見つからないぞ。金髪なんて珍しくもない。赤毛も勿論そうだが、でもお前みたいに紅玉色のものは、目に掛かったことがない。」

確かに、他に比べて赤色が強く出ているこの髪は、珍しいと言われる。隣の芝生、とは言うがラインハルトにしてみればキルヒアイスの赤毛は美しく珍しいもので、キルヒアイスからはその逆なのであった。なのでこのままどちらがどうという論争をしても平行線のままであると知り、それ以上の言い合いを止めて、代わりに休憩を提案した。

数時間、ずっと座って戦局を眺めている。それだけで疲れる彼ではないだろうけど。二時間もすれば兵士だって交替しているのだし、司令官がずっと居座り続けると部下も緊張を強いられる。特に無能な者であれば気に留めず、声が届かない力場にいるのを利用して陰口のひとつでもたてるのだろう。が、ラインハルトのもとで一度ならず戦ったものであれば有能どころか戦争の天才であるのは知り尽くしている事実。嘲笑が固まり、興奮と尊敬に変わるのをキルヒアイスは何度も目にしてきた。

そんな上官が背後にいる。失敗は許されないという緊張感に包まれている空気を肌で感じとり、少し緩和してやろうかと気遣う。無論、ラインハルトも座り続けているのではあまり体によくない、というのもある。

画面の向こう、遠く遠く離れた距離で一隻の艦艇が沈んでいく。その最後を知らせる火炎に照らされた白い貌を綻ばせて、ラインハルトは同意した。

敬礼をして見送る部下にそれを返し、艦橋を後にする。

「紅茶にされますか、それとも珈琲に致しましょうか?」

「珈琲を。ミルクはたっぷり。」

「砂糖もでしょう?」

微笑みながら付け足して言えば、唇を尖らせた。時折、彼はそうやって子供っぽい一面を見せる。
膨れ面は見慣れている。それこそ子供であったとき散々。しかし見飽きることはない。美神に愛されたもう造形を誇る(けれども自覚はこれっぽっちもないので度々心配になる)ラインハルトであるから、だろうか。内心の冷笑を押し込めて取り繕われた微笑より、余程いいとキルヒアイスは思うのだ。

「リンツァートルテがありますが。」

「今はいい。」

無類のケーキ好きであるのに断られて、キルヒアイスはカップに砂糖を落とすのを躊躇った。

「虫歯でもおありですか?」

「・・・・お前の中で俺は一体、何歳(いくつ)の子供になってるんだ!」

柳眉をきりりと吊り上げて些か語尾を荒くする。ふん、と息を吐き出し、差し出された珈琲に口をつけた。むすりとしたまま言う。

「すみません、ですがラインハルト様がケーキを召し上がらなかった日の方が少ないと記憶していますので。」

「時々、お前は差し障りの無い程度の毒舌になるな。悪かったな甘いものが好きで。」

半分ほど飲んで、カップを置く。かちゃりと小さく陶器が音を立てた。

「別に構わないですよ。私だって時々食べますし、アンネローゼ様の作るクーヘンは大変美味しいですから。」

「そう、それなんだ。姉上から連絡があって、ザッハトルテを焼いておくと伝えられたんだ。だから、それまでは食べない。」

つまり一番最初に姉のケーキを食べたいから他は御あずけということらしい。

「あ、笑ったな?今、お前笑っただろうキルヒアイス?」

「いえいえ、そんなことはありませんよラインハルト様。」

「絶対に笑った。隠したって俺には分かるんだからな。もういい、お前の分まで食べてやるから。」

「そんな大人げないことしないでください。」

くすくすと笑いながら新しい珈琲を注いで、そっぽを向くラインハルトを見つめる。こうやって素の顔を向けてくるのは、気を許されている証拠。可愛いと思いこそすれ、不愉快ではない。
肩肘張っているときの冷たさが溶けて、眩しい。
舌打ちして、彼は蒼氷色の眼をようやくこちらへ戻した。

「ケーキは我慢するが、ビスケットか何かあるか?非常食みたいなまずい奴じゃなければなんでもいい。」

「ありますが、いいんですか?」

「しつこいぞ。」

これ以上怒らせると機嫌を回復させるまでに時間を要するので、ボックスに入れてあったものを取り出した。シンプルなバターとレーズンが混ざっただけのビスケットを齧り、珈琲を啜る。

「早く終わらせて帰りたいな。」

頷いて、しかしオーディンに戻ったら戻ったで今度は早く出撃したいと言い出すに違いない、好戦的で戦いの神にも愛された人を眺めた。

「俺が戻る頃には、少しはマシな戦局になっていればいいが。まだ蝸牛のような進軍と退却も出来ない無様な戦場であったら、いっそのこと敗走でもした方がいい。」

「ラインハルト様、滅多なことは・・・。」

「分かっているさ。そうさせないための司令官だ。脳味噌まで砂糖漬けにはなってないから安心しろ。それにしたって、もう少し張合いのある敵と味方が欲しいものだな。」

背伸びして、肩を回す。彼の本心に苦笑を禁じ得なかった。比べてしまう敵も味方も可哀想だ。彼に比類する相手などそう見つかりはしない。

「そのうち相対するときもあるでしょう。ですからそれまでは我慢なさってくださいね。」

「言われなくても分かっているさ。俺は我慢なんて大嫌いだけどなあ。」

ぼやくが、ドアがノックされて表情が変わった。部下から現状を知らされるとみるみるうちに瞳に苛烈な焔が踊って、覇気が指先まで支配した。

「行くとしようか、この局面を打破するために。」

「はい、ラインハルト様。」

差し伸べられる手は何時も変わりない。確りと握って、立ち上がり後に続いた。


ENDE.

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