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□告解
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訃報を聞いて、そうかとだけ言って寝台に身を横たえた。驚きはしなかった。己に逆らった男の末路は、自分がそうと決めたのだから驚いてなどいられない。否、動揺していると部下に気付かれてはいけない。挙兵を認めて、敵対させた。忠臣の言葉を一蹴して、武力をぶつけると決めたのが己であるのに、身を案じるのであれば、君主の風上にも置けぬであろう。

自嘲し、熱で気怠い、思うようにはいかぬ自分の肉体を恨めしく思う。度々の発熱は、鈍く身を苛んだ。

ラングによる罠。グリルパルツァーの裏切り。彼の矜持は、この二つで完全に自分から叛き、牙を向けるように仕向けた。表ではそう言われるだろう。しかし、本当にそうであったのか。あの誇り高い男が、それをよしと認めるだろうか。彼と親しい者であれば、耳を疑い、信じたくはなかった筈。
双璧とまで謳われた彼が、皇帝に謀反を起こすことなど夢にも思わなかったに違いない。だが、自分は何処かで期待していたのではないか。
己に匹敵するだけの武力を与え、次いで絶大な権力を与えた。弁明の余地を、その機会を、部下の進言を切捨てて、退路を絶ったのは、最終的には己だ。
そして、半ば自棄になっていたとはいえ、あの男にだけは、言った言葉がある。あれは、裏切れるものなら裏切ってみせろと挑戦状を叩きつけたようなものだ。

当然、受けた当時は困惑したに違いない。やがてその困惑は、別のものに成り代わったのではないか。
それが何であるのか、知ることはもう出来ない。

皇帝に尽くした臣下としてではなく、裏切り者として彼の名は記されるだろう。武勲の数々は、意味をなさぬものとして後世に語られることとなる。そして静かに忘れ去られていくのだ。
そんな自分を、彼は嗤うだろう。何時かのように。何処か、彼は己自身すら皮肉に卑下していたようであったから。

だが、自分は。彼に裏切られたとは思わなかった。

心の奥に潜む秘めた願いを彼だけは聞き取って、それを叶えようとしたのだ。ヤン・ウェンリーという好敵手を失い、戦いの火が消えることに焦燥感と虚しさを抱えた己を、彼だけは知っていた。いや、知っているものはいたかもしれない。けれど、自らの命によって、血に飢えた獅子の喉を潤し満足させようとした者は居なかっただろう。それだけの覚悟を、あの男は有していた。恐らくは、不運なことに。

彼が自分に与えたものに比べれば、己が彼に与えたもののなんと安いことか。

彼は満足したのだろうか。彼に、相応しいだけのことをしてやれなかった自分を、それでも恨みはしなかったのか。

こんな男を、彼は上官に選ぶべきではなかった。もっと彼を幸せにできるような―――――例えば握り締めた手から血が流れでもしまいかというほどきつく握り締めて下を向き震えていた、蜂蜜色の髪の男のような―――――相手を選ぶべきであったのだ。その友を救うのに、もっと別の人材も居たのだ。
選択を誤ったのだ。救いがたいほど愚かな、自分の手を、彼は取るべきで無かった。

過去を変えることはできない。故にこの考えは、あったところで無駄でしかない。ひとつ息を吐き、瞼を伏せた。

既に終わったことで空想を思い描くのは趣味ではない。彼にしたって、そうは望まぬだろう。もしかするとこれを狙ったのかとちらと考えたが、結局否定した。それがあの男の思惑として、何の得があるのだ。

ああしかし、もし、それが作戦であるというなら彼の勝ちだ。見事に罠に嵌ったというわけだ。皇帝を策に落としたのだ、自分の計略に胸を張るがいい。

今頃、ヴァルハラで笑っているだろうか。趣味の悪いことだ。それは御互い様か。笑うに笑えず、喉の奥が奇妙に鳴っただけだった。

戦って死ねた彼が羨ましい。己はまだ足を地面につけたままで、じわじわと死んでいく。この先、大きな会戦があるとして、それでも生き残るかもしれない。そうはなりたくないと言えば、部下たちは血相を変えてくるのだろうから止める。

我侭なのは重々承知していた。それでも、見捨てることはせずについてくる部下たちは、この手には過ぎたものだ。
自分を仰いで死んでいった者も、自分のために命を捨てた者も。守りたかった。そう言えば、少しでも彼らに報いたことになれるだろうか。

戦いに貪欲な己を満たそうとした、お前は確かに俺の忠臣だ。歴史が裏切り者と罵りその名を綴っても、お前を知るものの悉くそれを否定するだろう。その一人には、己も含まれている。安心して、そちらで身を休めるといい。
そして私が其方に行ったときには、どうかまた相手をしてくれないか、ロイエンタール。


ENDE.

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