小説倉庫4

□何時だっておもってる
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大丈夫だ、彼ならきっと無事に戻ってくる。
そう信じて、けれど落ち着かない。人目があれば兎も角、一人で部屋にいるとぐるぐると檻の中の猛獣のように歩き回り、爪を噛んだ。はやく戻ってこい、と。
一刻の猶予も、おれには無いのだ。

思えば、この十年近くの間、これだけ離れて過ごしたのは初めてかも知れない。

いつだって傍に居てくれた。居て欲しい、と口に出さずとも感じ取ってくれていたのか。穏やかに笑みをたたえて。

それ何時の間にか当たり前になりすぎて。一人で過ごす時間が少なくなってしまった。

寂しい、と思うようになってしまった。

お前のせいだ、と罪を押し付けて、椅子に凭れる。
電報が入って、帰還を告げたときに勢いよく立ち上がったら、勢い余ってそのまま倒れそうになってしまって、舌打ちをひとつ。

諸提督の前では、それでもまだ自分に言い聞かせ、自制した・・・つもりだ。

自室に戻り、書類を済ませているとドアがノックされる。控えめに、三回。顔を上げて、入室を許可する。そうせずとも入ってきていいのに。他と、特別扱いをするなという義眼の臣下の忠言を聞き入れているのが気に食わない。仕方ないこと、とは思うのだがどうしても。

「よく戻った、キルヒアイス。」

「改めて、無事の帰還を報告致します。」

主犯を生かして捕らえられなかった、と彼は少し哀しそうに眉を顰めた。首を横に振り、それはもう済んだことだからと終わらせる。

「何もかもを思い通りには出来ない。自軍からの犠牲が無かっただけで十分だ。」

赤毛に指を通して、絡ませる。この感触も、ぬくもりも久方振りだ。

心が、乾いた砂に水が染み込むように満たされていく。“たかが”というレベルでは済ませることが出来ない別離が終わって、彼が無事で、安堵する。
すっかり不抜けたと、自らに苦笑した。

「細かい報告については後日でいい。疲れただろうから、休んでくれ。」

「ラインハルト様、」

離しかけた手を掴まれて、深い青の瞳が覗き込む。

どうした、と聞くよりはやく抱き寄せられて、唇が重なっていた。後頭部に手が置かれて、より深くなる。いつになく、情熱的な其れに意識は瞬く間にそういう雰囲気に引き込まれて、応じた。

息を継ぐことも儘ならずに、苦しくなって胸板を軽く叩く。名残惜しそうに啄んでから、ようやく離れた。それでも、抱きしめられたまま。
軍服の下、見た目以上に引き締まり逞しい体が熱を持っていることに、今更ながら気付く。

「私の心音が、伝わりますか・・・?」

平生より、少し早い。それを感じて首肯いた。自分だって、鼓動が早まっている。触れられている箇所から、熱が高まっているのも、感じた。

満たされたはずの渇きが、より一層強くなる。もっと、と貪欲に彼を求めた。見つめ返す青い瞳を、その奥に潜む感情を探るように見る。自分と同じものを、彼もまた、感じてくれているのだろうか。
頬に手を伸ばして、輪郭を辿る。

「キルヒアイス、」

じわり、と滲み出す。この感情はとどまることをしらない。際限なく溢れては、言葉にもできずに、視線だけ交えて伝えようとした。穏やかな微笑みを浮かべて、抱きしめる腕の力が強くなる。
すっぽりと収められて、またひとつ、鼓動が速まり体温を上げた。

「離れている時間と距離は、愛を育む。そう、何処かで聞いた覚えはありますが――――矢張り、耐え難いものですね。」

「ああ。」

「はやく貴方のもとへ戻りたいと、そう思っていました。おかしな話かも知れませんが。」

「お前でも、そんな余裕のないこともあるんだな。」

「はい。」

自分が言葉に出来ないぶん、彼が代弁するかのようだった。でも、言わずとも伝わっているのだろう。独りで過ごす寂しさも、ちゃんと。だから、こうしてしっかりと抱きしめてくれている。

ゆったりと髪を梳かれて、再び顔が近づく。瞼を下ろし、顔を上げた。


***


とろとろと、落ちかかる目蓋。流石に、羽目を外したというか、無理をさせたのは分かっていたので撫でながら寝るように促した。
素直に頷き、ことりと頭が此方の腕に置かれる。

そのまま健やかな寝息を立て始めた。

すっかり安心しきった様子で、微笑ましい。癖はあるが指通りのいい金糸を撫でつつ、自分も欠伸をひとつして、瞳をとじた。
会えない間、考えていたことは彼のことばかりで。周囲に知れたら、呆れられるに違いない。

でも、帰って直ぐに彼のもとを訪れておいてよかったと思う。何せ、本人の自覚は無かっただろうが置き去りにされた迷子が、親の迎えが来たときのような顔をしていたから。

他人に、あのような表情を見せたくない。
ひとがそれを、独占欲と呼ぶのは、疾うに自覚している。

自分とは迂遠だろうと澄ましていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。人並み、というか、それ以上に酷いと分かったのは、あまり古い記憶ではなかった。

明日も、その次の日も彼の傍に、共に在りたい。

そう願って、額を合わせ、深く息を吸いこみ同じように眠りへと落ちた。


Ende.



あとがき


甘甘なのをシリアスのあとにかいておきたい衝動で。甘いといえば赤金、赤金といえば甘い。いえ原作でいけば間違いなくシリアスで涙なしには語れないんですけどね。前半のすごい前半であれば、それと外伝であれば幸せ新婚さんのような赤金ざんまいだよなあ、とか、思いながら。

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