小説倉庫4

□恋は、危機一髪
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抗争ばかりの世の中、油断を見せれば格下相手であっても刃を向けかねられない。命取りになる前に、危険な芽は排除しておくのが常識。
しかし、危険と知りつつも、魅せられて手放せない者がいる。その白い手に握られた劔が、この胸に何時か突き立てられたとしても恨むこともないだろう。
恨み、恨まれ、殺し、殺される。そんな世界で、たった一人だけ。この人にならば、殺されてもいいと思った。


***


美貌の暗殺者。その噂を耳にしたのは、半年ほど前のことだった。
隣を縄張りとしていた組がたった一晩で壊滅した、と。現場に赴けば、屍の山。どれも一撃で急所を貫かれて、絶命していた。見事な手並みだ、と感嘆する。

と、死体処理班がやってきて、辛うじて息のある者が運ばれてきた。

恐らく、もう助かるまいという致命傷を負っていたが、譫言のように「天使だった」と呟いていた。ばったり、と首が曲がって、息絶える。

神も天使も信じていない自分にしては、可笑しく思えた。吸い終えた煙草を地面に落として火を踏み消す。吐き出した紫煙は緩やかに風に靡いて霧散した。

それから数日後。今度は此方の組の縄張りの一角、謂わば手脚の一部のようなものが「削がれた」。矢張り、その亡骸も頚動脈だの延髄だのを一撃で抉られ、絶命に及んでいる。相当の手練、という見解は上で一致したらしく、名も顔も知らぬ者だというのに見つけ出して生け捕れ、ときた。それが不可能なら殺すように、とも。
無茶難題と呆れてはいたが、一方で高揚もしていた。久方振り、生温い生活から解放されそうだった。

上からの命令があったその日の晩、家の扉が叩かれた。激しい、雨が外で降っていた所為で、その音に最初は気がつかずにいた。時計の針は、日付を変えようとしている。そんな夜更け。
訝しがりつつドアノブを捻った。瞬時に、身を捻る。

さっと、一瞬前まで胸があった場所を、掠めていく銀色。

舌打ちし、影は再び刃を向ける。空気を引き裂く音と、閃光。ベルトにかけていた拳銃で受けた。蹴り飛ばし、一旦距離を取る。得物の性質上、離れてしまえば此方が有利ではあった。ただ、ナイフひと振りだけで来る相手ではない。他にも武器はありそうだった。
からからと、蹴り飛ばされた弾みで落ちたナイフが床に転がる。

爛爛と敵意と殺意を燃やす、蒼氷色の双眸に目を奪われた。

「ひとつ、問う。同じ目と髪の色をした若い女性を、見なかったか。」

「金髪で蒼の目など、履いて捨てるほど見た。だが、それほど苛烈で覇気のある女は見ていないな。」

せめて名前を知らねば分からんと答えた。目付きの鋭さが増して、新しい刃が構えられる。

他に用は無いということらしい。苦笑して、向かってくる相手に銃口を向けた。

置いてあった灰皿を掴んで、投擲してくる。それを躱すと、手首が翻り喉元にナイフが迫ってきた。手を掴み、捻る。床の上に押さえつけ、肩口に体重をかけた。動きを封じられて、苦悶に眉を寄せるのを見下ろす。

「ここ最近、組織を潰しまわっている暗殺者、とはお前かな。」

「暗殺者だと?」

さも可笑しそうに、薄い唇が吊り上がった。

「違うな、暗殺者などではない。邪魔をしたから、対応しただけだ、彼らに相応しいように。」

「たった一人で、か?危険極まりないな。」

「牙を抜かれて吼えるしか出来ぬ狗には成り下がりたく無い。温床に入り浸り、黙るくらいであれば滅びたほうがマシだ。」

「先程の質問の相手は、恋人か?」

「肉親だ。聞きたいことは終わったか?そこまで聞いて如何する?」

暫く考えて、それから銃底で後頭部を殴打した。かくりと頭が傾ぐ。抱え上げてソファの上に寝かせた。武装を確認すれば、至る箇所にナイフが仕込んであり、凶器の塊のようだ。
肉親を何処かの組織に奪われて、それを取り返すために単身で挑むのは甚だ無謀だ。しかし、確かに泣き寝入りするよりはいいと自分も共感はする。
ただ、少しばかりぎらつく剥き身の刀身のような輝きが消えてしまうのが勿体なく思えた。


***


何時、命を狙われても可笑しくないという立場上、家の作りは一般とは異なる。ドアノブに指紋認証機能をさせているから、幾ら引っ張ろうがねじろうが開くことはない。うんうん唸りながら、どうにか脱出しようとしている金髪の美貌の青年に、苦笑を零す。

半日ほど眠っていたのは、連日の疲れや緊張のためだろう。しなやかな痩躯に似合わず、白い肌の上には幾つもの傷痕があった。中には新しいものも。

遅い朝食を準備してやると、眠りから目覚めた彼は現状の理解に苦しみ、頑として匙を取らなかった。抜け出してみようと試みて、三十分ほどしてからようやくソファに座る。

此方を睨めつけて、置かれた皿には手を付けない。警戒心の強い猫のようだ。それと呼ぶには、些か凶暴ではあるが。

「早く出せ、お前に構っている暇はない。」

「情報源には成りうるし、体力の温存にもなると思うが?」

「協力するとでも言うのか?物好きめ。」

「信じる信じないは勝手だが、殺すのであれば眠っている間にどうとでも出来た。その上で、上手に交渉はすべきと、俺は思うがな。」

珈琲を口にして言えば、唇を噛む。がつ、と荒々しくパンを掴んで口に運んだ。一応、了承したらしい。余程、腹が減っていたのか綺麗に平らげて、クリームをたっぷり落とした珈琲を飲み干す。

「いざとなったらその手首を切り落として出ていってやるからな。」

不機嫌さを隠しもせずに言われて、笑みを返した。


***


帰宅して直ぐにナイフが飛んでくるのは序の口。

何故か寝首だけはかかれないが、一度など入浴中に銃口を向けられたときには冷や汗をかいた。彼を湯船に引き摺り込んで、どうにか止めたが危うかった。じ、と視線を注ぎ隙を伺われる。
そのスリルが面白いなどと、酔狂にも程があるかもしれない。

彼を捕らえて監禁というか軟禁させていることは、勿論伝えていない。一方で、何処かに彼に似た女は居ないか探っていた。彼が名前を未だに教えてくれないので、肉親とやらのことはよく分からない。
ただし、彼の肉親であれば、同じように美しいのだろう。

収穫が無いまま、一週間が過ぎて、二週間目の半ばに差し掛かった頃、囚われの身の彼は何処から持ってきたのか、目を離した隙にワイングラスに何やら入れていた。

「・・・毒か。」

「薬も過分に取りすぎれば毒と同じだろうな。」

ずい、と差し出される。毒とわかって飲む莫迦はいない。百パーセント外れのロシアンルーレットだ。

「ある程度、耐性があるんだろう?」

「耐性はあっても、死なんわけではないからな。」

言って、グラスを受け取り、呷った。驚いて見開く瞳。ぐい、とその腕を引き寄せて、唇を重ねた。飲み込んでいなかった赤ワインを流し込む。こぼれ落ちる赤が筋を、その白い首に生んだ。

突き飛ばして、噎せながら彼は錠剤を取り出して含む。顔をつかみ、振り向かせてもう一度唇を塞いだ。噛み砕かれた其れを、舌で奪う。

「っ、この、悪、趣味めっ!」

口を離すと、忌々しそうに袖で拭う。唾液に濡れた唇が艶を帯びて見えた。

酸欠だったせいで呼吸は荒く、目尻も朱を掃いたように染まって。いとも容易く、躰の奥底の熱火が灯る。

「悪戯には、それ相応の仕返しをしてもいいだろう?」

我ながらさぞかし意地悪な笑みを浮かべていることと自覚しつつ、止めることは出来ない。掴んだままの腕に力を込めて、床の上に縫い止めた。


***


彼との奇妙な生活がひと月ほど経過し、ようやく彼の姉がとある富豪に売られたということを聞き出せた。組の方も、同業者殺しが鎮まったので探すのは諦めたらしい。灯台もと暗し。

その富豪のもとは、以前何度か訪れたことがある。が、そのときはそれらしい女性は見かけなかった。

試しに行ってみるか、と屋敷を訪れる。相も変わらず税の限りを無駄に尽くした豪邸だ。侍女がずらりと並んで頭を垂れ、紅茶だのなんだのを運んでくる。主人は満足そうにそれを眺めて、此方に自分の愛娘の縁談を毎度のようにすすめてきた。やんわりと断り、内心で唾を吐き捨てる。

ところで、と見ない顔の女性が、離れた場所の窓辺に佇んでいるのを目に留めて、口を開いた。

「あれは新しい侍女ですか?随分と、美しいが。」

「いえいえ、あれは私の親類の娘でしてな。親が病でなくなったので、預かったのですよ。」

その名は、彼が姉と言った女性と同じだった。確かに、金髪で青い目をしている。やや、弟よりも濃い色だ。中庭の薔薇を眺め、嘆息している。

「悩み事でも、あるようですね。」

屋敷の主が、仕事かなにかが入って出ていったので、席を外して彼女のもとへ歩み寄った。やや訝しがりながらも、彼女は頷く。憂いに沈んだ横顔に、金糸が揺れた。

「弟君が、貴方を探しています。」

はっ、としたように彼女は顔を此方に向けた。見る間に、涙が浮かび溜まる。

「ラインハルトは、無事なのですか?」

「今は、拙宅で御身を預かっています。御無事ですので、ご安心ください。」

それを聞くと、少し落ち着いたようだった。息を吐き出して、微笑む。それから一礼し、自室へと引き下がっていった。

客間に戻り、屋敷の主に帰ることを告げる。

「では、また何時か。」

「ええ、また。」

帰宅し、そのことを告げると青年は此処に来て初めて嬉しそうな笑顔を見せた。しかし、次の瞬間には眉間に皺を刻んでいる。

「しかし、どうやって救い出すものか。」

「それもあるが、問題はその後もだろう。身を隠す場所が必要だ。」

「それなら心配は要らない。さる女傑が助力してくれると言っている。・・・それにしても、歯痒い。」

爪を噛み、彼は言う。歪になってしまった其れを、そっと歯から外させて鑢で整えた。

「近々、あの屋敷の主人が此方の物品を横領したということで組から粛清が入る。それに乗じて、救えばいいだろう。焦ることはない。」

「おや、策士だな。いいのか、命を狙った相手をみすみす逃がしなどしても。」

「その時は、逢いに行けばいい。」

そう返すと、彼は声を上げて笑った。

「余程、私に骨抜きでもされたか。色男が、何とも情けない話だなロイエンタール。」

来た時より長く伸びた髪を掻き上げ、脚を組む。

「海を渡ってでもやってくる覚悟があるなら、逢いに来い。その時は毒が入っていない茶くらい出させてやる。」

その言葉に、苦笑した。毒なら、既に食らっている。彼に、出会ったときから。


***


襲撃に乗じて、彼とその姉は無事に逃げ果せたらしい。侍女の中にも、大勢似たような境遇の者がいたので、ひとりくらいそんな者がいなくなっても誰も気に留めぬようだった。
騒動が落ち着いてから、彼が去る前に残したメモに書かれてあった住所を訪れた。

きらり、と何かが視界の隅で反射して、咄嗟に一歩飛び退く。立っていた場所に、ナイフが刺さっていた。先程まで誰もいなかったベランダに人影が立ち、見下ろしている。

揺れる金色に、蒼の瞳。

「遅いぞ。」

「相変わらず、元気そうだ。」

「物騒な方が好みなのだろう?御淑やかな私がよかったか?」

首を横に振り、後ろ手に隠していた薔薇の花束を、階段から下りてきた彼の目の前に突き出した。


Ende.




あとがき

不憫な黒ばかりかいていたので、パロで幸せ(?)に。多分、金に大して黒が敬語を使っていないのはこれが初めてじゃないかなあ〜と思います(;´Д`)敬語で喋らせたくなるんですがね・・・その方が下克上っぽくて←
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