小説倉庫4

□Flower Crown
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シロツメクサで編んだ冠を、そっと眩い金糸に乗せる。幼い日に交わした、余りにも稚拙で何も知らなかった自分たちだけの知る秘密の約束。もう、思い出せない小道を歩んで、見つけた草原で小指を絡ませて誓い合った。

あの日のことを、彼は覚えてくれているだろうか。


***


隣に引っ越してきた姉弟は、それはそれは美しかった。まるで、教会に飾ってある天使の絵のようだ、と思ったほど。
姉は穏やかで優しく、春の木漏れ日のようだった。質素だが清潔にされた服とエプロンを身に付けて、家事をこなし、おやつには様々な手製の焼き菓子が振舞われた。育ち盛り、食べ盛りな少年二人にとって何よりの御馳走と言えた。どんなパティシエが作ったケーキも、あの味には及ばない。

遊び疲れた自分たちに布団をかけて、そっと見守る。母親のようだった。否、間違いなく母を早くに亡くした彼にとっては母でもあり、姉でもあったのだろう。酒に溺れる父親を、彼は肉親として看做していないようだった。

だから学校の宿題を見るのも姉であったし、成績を見せて褒めてもらうのも、姉の笑顔の為だったに違いない。

彼の頭の良さは、ずば抜けていた。その容姿も相まって、高嶺の花と化していた。そんな彼と気兼ねなく話せるのは、きっと引っ越し先の隣に自分がいたから、だと思う。そうでなければ、話しかけて貰えたかどうか。
その偶然に、感謝してもしきれない。
兎も角、宿題の山やテストから解放され、休暇にはいってから彼と一緒に出掛けた。天気は快晴で、日差しは暑かったが、木陰は風が心地良い。そんな天気だ。

もう、どうやって行ったのか思い出せないが、森を抜けて草原を見つけた。そこは花々が咲き誇り、近くには泉も滾滾と湧いていた。暫く休んで、それから足元で揺れた白い花を見て、思いついたのが花冠を作るということだった。
ふわふわと、風で揺れる金色の髪に、似合うと感じたからだろう。
あまり器用ではない手で、ちまちまと作っていると何を作っているのかと尋ねられた。手元を不思議そうに覗き込んで、首を傾げる。
それには答えず、曖昧に笑っていた。
花の冠なんて、まるで女の子のようなものを作っているのは笑われそうだったし、それを彼に渡すと言ったら断られてしまいそうだと恐れたのだ。

出来上がったのは、不格好な冠。彼を呼んで、それを頭の上に乗せた。

ふわり、と風に靡く黄金色の髪。
白い花も、合わせて揺れる。

「やっぱり、似合うね。」

そう言うと、なんのことかさっぱり分かっていない彼はきょとりとして、頭の上に乗せられたシロツメクサの冠に触れた。

「やっぱり?」

「ラインハルトの髪の色に、似合いそうだなって思ったんだ。」

正直に告白すれば、怒りもせず、ぽかんと口を開けて、それから彼は笑った。

「僕より、キルヒアイスの方が似合いそうだけどな。真っ赤に、白が映えて綺麗だ。でも、僕に似合うなら姉さんにはもっと似合うんじゃないかな。」

同意して、また、今度は二人で作った。その帰り路、そういえば、と彼は言った。

「これって、好きな子にあげるんじゃないのか?」

そういえば、学校ではそういうことが流行っていたっけ、と今更ながら思い出す。そして赤面した。
彼は気にせずに、からからと朗らかに笑って、姉が喜ぶとはしゃいでいた。

「もっと上手に作れるようになったら、それをラインハルトにあげる。」

小さな、消え入りそうな声でいった言葉は耳に届いたようで。一層、嬉しそうに彼は首肯いた。

小指を絡ませて、それを約束した。


***


今は、その草原が何処だったのか思い出せない。ただ、あの金色と白、彼の嬉しそうな笑顔だけは明瞭に思い出せた。

仕事の合間、久し振りに作ってはみたものの、やはり不格好で。

果たして、成人間近の男性にこんなものを手渡してよいものかと思案する。

と、悪しくもドアがノックされて、返答するより早く開いた。隠しそこねた花冠がテーブルにあるのを見て、蒼氷色の瞳が丸くなる。
頭を掻いて、言い訳を探した。

「なんだ、花冠か?懐かしいな。」

「覚えていらっしゃいましたか。」

「当たり前だ。それで、あの時より上手く作れるようになったのか?」

「残念ながら。」

肩を竦めて、苦笑する。

「まあ、そんなものを作るのに時間をかける暇がなかったからな・・・。」

そう言いながらも、出来上がった花冠を手に取り、頭に乗せた。

金色の髪に、白い花が揺れて、輝きがまるで王冠のようだった。魅入り、それから我に返る。

「帝国軍の元帥閣下とあろうものが、そんなものを乗せて歩いては笑われますよ?」

「構うものか。お前がくれたものなら、宝石にも勝る。」

それでも、乗せて歩く気は流石になかったようで、掌に乗せた。

「シロツメクサの花言葉は、“復讐”だったような気もするが・・・・お前は、どんな想いを篭めてこれを編んでくれたんだ?」

「ありったけの、貴方への感情を篭めていますよ、勿論。」

「だったら、おれも冠を編むべきなのだろうか?」

白い指で、花弁をつつく。その手をとって、口付けた。

「どうぞ、ラインハルト様はそのようなことではなく、宇宙を手に入れることを考えてください。他のことは、私が行いますから。」

「適材適所、と言うものな。生憎と、こういうのは得意ではないし。そうさせてもらおう。だが、全部は背負い込むなよキルヒアイス。おれだけでなく、二人で手に入れるのだから。」

眩しいほどに微笑んで、指が絡まる。

「シロツメクサでなく、黄金であっても、王冠なんて必要ない。おれが欲しいのは、そんな目に見えるモノじゃない。」

こつりと合わさる額。間近で覗き込む瞳に、自らが映されて、身動きもできなくなった。

「―――だが、折角貰ったからな。保存方法でも考えて、暫く飾ってみようか?」

ふ、と視線が緩む。鋭い氷原のような眼差しも、時折こうして柔らかくなるのを知って生まれた、彼への恋慕。自覚して、自制がきかずに転がり落ちても、尚、募るばかりのそれ。
自分だけに向けられると知って、どれだけ嬉しかったか。貴方は、知りもしないのだろう。

「全ては無理ですが、ひとつだけなら押花に出来るでしょう。それならば栞にも出来ると思います。」

「栞か、それはいいな。」

指先がするりと抜けていく。そろそろ、時間だから。名残惜しいが、仕方ない。

「また、一緒に行けるといいな。」

「ええ、そうですね。」

今度は、またあの小道で行くのか。それとも隠れた近道でも探せるだろうか。彼と一緒で、というならどれ程遠回りでも構うことは無い。
木漏れ日に反射する金色に目を細めて、翻る白いマントを追った。


Ende.


あとがき

赤毛さんを大大大だーい好きな金髪さんはよくかきますが、赤毛さんが金髪さんを大好き!っていうのはあまり描いてない気がしたので、ひとつ。
麦畑で追いかけっこして隠れてキスする赤金でもよかったかなあ〜とか。そういうことして欲しいです(願望)。

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