小説倉庫4

□Sin
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滑らかな陶磁のような真白い素肌を、暴いていく。乱れて揺れる金糸の隙間から、濡れてこぼれ落ちそうな蒼氷色が、とろりと熔けた。
深く穿ち、刻む衝動。熱を帯びて汗ばむ玉体が、動きに合わせて震え、珊瑚のような唇から悩ましげな嬌声が控えめに溢れた。シーツに生まれた皺すら、淫靡。腰に絡まる脚が、より奥へ誘う。

貪欲、それなのに、穢しても貴方は染まらない。私の色には、染まってなどくれない。


***


その日は、何やらあまり体調が優れないようだった。微熱を出して、普段よりも覇気が伺えない。椅子に座っているのも気怠いという様子で、近侍が置いたクリームコーヒーに口を付け、小さく嘆息していた。会議の出席は控えたようだが、仕事を中断させるつもりは毛頭ないらしい。書斎の、机の上に積み重なる決済待ちの書類に、ペンを走らせていた。

その山に、新しい数枚となるものを持って来てしまったのが悔やまれる。

「すまないがミュラー、これを片付けるまではそのソファにでも腰掛けて待っていてくれ。直ぐ、終わらせる。」

「申し訳ございません、陛下。軽率に業務を煩わせることに・・・。」

「よい。その二、三枚が増えてもこの書類の量は大して変わらぬ。」

そう言って、少しだけ微笑んだ。きらりと細かい金剛石の粒子を散りばめたかのように輝いて見える。
言い終えると、もう視線は書面に移り、さらさらと流麗な文字がサインを次から次へと描いた。

三十分ばかりも、そうしていただろうか。テーブルに置かれた飲み物が冷め切っていたが、手をつけることなく、飽かず眺めていた。サインを済ませた皇帝は、椅子から立ち上がって此方に歩み寄る。

「何か、予の顔についていたか?凝視されていたように思うが。」

「い、いえ。」

魅入っていたと言えば、苦笑されるか、呆れられるか。持ってきた書類を差し出す。受け取り、目を通して、彼はひとつ、ふたつの質問をした。それに答えると、頷き、サインをする。
手渡された際に、微かに指先を紙が掠めた。

ぷつりと浮いた紅い玉。切ってしまったらしい、と数秒遅れて知る。

「あ、」

滴り落ちそうになって、手を引っ込める。その手首が掴まれて、彼の口に含まれていた。
それは、たかだか、数瞬。けれど網膜には、鮮やかに焼き付いていた。真珠のような白い歯も、真っ赤な舌先が指を舐めた生暖かい感触も。
直ぐ近侍が呼ばれて、消毒と絆創膏が丁寧に、この麗しい皇帝自らの手で施された。

「利き手だろうに、暫くは不便かも知れぬな。」

そっと撫でられて、産毛がぞわりと総毛立つ。明らかに、相応しくない欲望が芽吹く前兆だと、素早く立ち上がり礼をして部屋を出た。逃げるようにその場を後にして、自室で肺の中の空気を吐き出す。

暫く、動悸は収まりそうにもなかった。


***


何が偶には違うものが刺激になるだろう、だ。この場には居ない相手に毒づく。
恐らく、今頃は北叟笑んでいるに違いない。

夕闇に包まれる部屋。カーテンを締め切れば、控えめな照明だけに照らされる薄暗い自室。
思い出される、昨夜の出来事。気紛れに、体内に残された無機物。下手に動けば、悲鳴を上げそうになる。じわじわと熱をあげられて、責め立てられる。あの男の手口と似たように。逃げ場を絶たれて、堕とされる。

ノックの音が聞こえて、振り返りもせずに窓硝子に映った顔を睨んだ。

口元には微笑。嗚呼、忌々しい。

「言いたいことは分かっているだろう?」

「言ってくださらねば、愚鈍な小官には分かりません。」

「恍けるな。」

金銀妖瞳が細められて、近付く軍靴の音。そっと手が頬に触れて、髪へと滑る。項にかかるのを掻き上げ、そうっと唇が触れた。
後れ毛を、やわく食みながら。

「此処で、宜しいのですか?」

頷く代わりに、カーテンを閉めて外の光を遮った。


***


うつ伏せにして、白い双丘の間に埋めたものを取り出す。ぬらりと粘液に塗れて、いやらしく映った。はくはくと、口を開閉させて目を伏せて、彼は余韻に浸っている。
充血した雄を握ってやれば、仔犬のように鳴いた。
身を引き起こさせ、脚の間に座らせる。

手をしとどに濡らす蜜。脈打ち、今にも弾けそうな熱の塊を愛撫して、汗で張り付く髪を鼻先で頚筋から退ける。耳の裏側を舐めて吸って、片手を奥へ、忍ばせた。
難なくするりと潜り込み、温かな体内が迎え入れる。物足りなさそうに、揺れる肢体に笑んだ。

愛した男はいても、“雄”は知らなかったこの身に、教え込んだのは自分だ。仄暗い満足感に、高揚する。指を引き抜き、腰を浮かせるように言えば素直に応じてくれた。猛る熱杭を、収める。

背の筋肉がしなやかに動き、喉首が反る。閉じていた眼が見開き、シーツを握る指先に力が篭った。

下から突き上げて、揺さぶる。硬く瞑られる瞳。曖昧になる互いの肉体の境目。途切れ途切れに己の名を、熱で浮かされた声が甘く呼ぶ。

この腕の中に収めた躰も、声も、熱も、全て確かに存在しているのに。何処か遠い。

荒く息を付き、繋がりを解く。顔を横に向けて、髪で隠れる素顔。ぼそぼそと、何か言われて首を傾げた。聞き取れるように顔を寄せる。ぐい、と腕が顔を掴んだ。

「二度と、あんな真似はするな。それとも、己の腕よりアレが上というのであれば話は別だが、な。」

強く睨みつけられる。普段と同じように、苛烈な輝きだ。こうでなくては、と嗤う。

「御意。」

短く答えて、恭しく手の甲に口付けた。冷めた蒼の瞳が、じっと見て、それから下がるように命じた。


***


指の傷が癒えて、数日が経過した。それでも、時折思い出す光景に嘆息する。何でもないことだ、と分かっているのに、言い聞かせなければいけない煩悩に頭を振った。
差し込む斜陽が、赤々と廊下を染め上げている。

帰ろうとして、気付けばぼんやり歩いたものだから角を曲がりそこねたらしい。皇帝の私室の前にいて、頭を掻く。どうも、偶然にしては性質が悪い。

立ち去りかけて、足を止めた。

何か苛立たしそうにぶつぶつ言っては、神経質に室内を歩き回っているらしい足音がする。一応、ノックしてドアを開けて、事情でも聞こうかと好奇心が首を擡げた。そして取っ手に手をかけ、開けた瞬間に、ばしゃり、と顔面に水がかかる。

吃驚して立ち竦むと、相手も予想外だったものと見える。ぽかんとして、手に持ったグラスを床に落とした。幸い、割ることは無かったので安心する。
慌てて近くに拭くものがないか確認し、何もないと見て取れると椅子にかかっていたマントを(!)持ってくる。それでごしごしと顔を擦るのだから、此方も大慌てだった。

「へ、陛下!」

「すまん、卿だとは思っていなかった。この時間に、他の者が来ようとは思っていなかったのだ。」

軍服も肩まで濡れているのを見て、マントで拭くのは諦めたらしい。代わりに、備え付けのシャワーを使えと言われた。恐れ多く気が引けていると、腕を引っ張られて押し込められる。

「風邪をひく。服が乾くまでは、湯にでもはいっていろ。」

「それだと逆上せてしまいそうですが・・・。」

有無を言わせぬ眼光に怯み、渋々服を脱いだ。

それにしても、と、ドライヤーの温風をかけて乾かそうと試みているらしい皇帝を見遣る。

水をかけるほど激昂する相手など、一体誰だろうか。軍務尚書か、と思わないでもないが、彼は確かに嫌われているに違いないが、そこまでされるほどではないだろう。正論しか言わない。
そしてどうやら、この部屋には度々入ってくる相手らしい。そうすれば、ある程度、限られてくる。
思案している最中に、扉がもう一度叩かれて、皇帝は其方へ向かった。

「・・・・なにかあったのですか、陛下?」

「ロイエンタール、卿の所為で、ミュラーが被害をこうむった。」

「は?」

なんのことか分からぬだろう。素っ頓狂な声がした。

「私の所為で?」

「そうだ。腹が立ったから、卿に仕返ししてやろうと思ったのに、扉を開けたのが彼だったから。」

「それで、入口が濡れていたのですか。それはとんだ“とばっちり”を彼は受けてしまったのですね。しかし、謝らなくてはならないのは私ではなく陛下でしょう。」

「分かっている。」

拗ねたように言う。髪を乾かして、まだ生乾きのような上着を着て出ると、皮肉らしく口端を上げた元帥が立っていた。皇帝は、椅子に腰掛けて頬杖をついている。

「御手を煩わせてすみません、陛下。小官は、これで失礼します。」

「ああ、此方こそすまなかった。」

謝罪し、退出を許可される。擦れ違いざま、金銀妖瞳が細められ、何か探るように見た。不思議に思いつつ受け流し、目礼して去る。

何かが引っ掛かるようで、胸につかえた。
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