小説倉庫4

□3月14日
1ページ/1ページ



容姿端麗で鍛えられた長身。穏やかな性格で、誰にでも優しい。そんな彼が、異性から好意を寄せられるのは、別に可笑しいとは思わない。
だが気分は良くなかった。

ラインハルトは、先程から数人の女性に取り囲まれ、どうやら何か受け取った―――――というより押し付けられたと言うべきか。小さな箱を二つほど腕の中に収めて、困ったように眉を下げるキルヒアイスを見つめた。
女性たちは走って行き、取り残されたキルヒアイスは、彼にしては珍しく深々と溜息をつく。

それから、此方にやってきて、何時ものように柔和な笑みを浮かべた。

「見ていらっしゃったのですか、ラインハルト様。」

「別に、見たくて見ていた訳じゃない。お前を待っていただけだ。」

組んでいた腕を解き、ぶっきらぼうに言い放つ。不機嫌な色を、隠すことも出来ない。そんな狭量な自らも苛立たしい。舌打ちしたい気分で、くるりと踵を返す。

「なにをそんなに苛立って御出でなのです?」

「鼻の下をだらしなく伸ばしてるお前に。」

ラインハルトの刺々しい物言いに、キルヒアイスは苦笑した。

「私は伸ばしていた覚えなどありませんが。」

「いいや、伸びていた。」

それ以上は水掛け論になるので、止める。口を噤んで黙々と帰路についた。早足でずんずんと先に進むラインハルトに、やや大股で歩きキルヒアイスは隣に並ぶ。

「機嫌を悪くなさらないでください。何か、誤解されているのではありませんか、ラインハルト様?」

「何が誤解なものか、おれは正しく判断しているぞ。それが間違っているというのならば、どこが違うか言ってみろ。」

腕に抱えられた箱を、ぴしりと指差す。何が入っているのかは、皆目見当がつかない。ただ、贈り物のようだし、それなりに包装は美しかったので其れ相応の値段はするのだろう。
相当、好意がなければそんなものを贈るはずがない。そう断定し、ラインハルトは眦をきりりと上げた。

キルヒアイスは一度、眼を瞬かせてから箱に目を落とし、矢張り、というように小さく歎息する。

「これは、私に頂いたものではないですよ。」

「じゃあ誰に?」

「貴方にです。」

ラインハルトの蒼氷色の瞳が、虚を突かれて丸くなった。

「おれに?」

「はい。直接、お渡しすればいいと私は彼女たちに言いましたが聞いてもらえなくて。貴方にお渡しするのは、恥ずかしいと言っていました。」

「なんだ、それ。」

膨らんだ風船に針を刺されたかのように、急速に怒りが萎んでいく。

そうなると、誤解していたのが恥ずかしく、ラインハルトは俯いた。

早合点で要らぬ八つ当たりをしてしまったことに唇を噛めば、柔らかな声で名を呼ばれて、顔を上げる。

「今週は、十四日が休日ですので、彼女たちも今日、これを渡してきたんですよ。」

「十四日・・・?」

「おや、お忘れですか?御自分の誕生日でしょう?」

やや呆れたように言われて、ラインハルトは思い当たって「ああ」と相槌を打った。

「別に、大したことじゃないだろ。」

「でも、私のときはしっかりお祝いしてくださいましたよね。」

「だって、それはキルヒアイスの誕生日じゃないか。」

「私にとって貴方の誕生日は、貴方にとっての私の誕生日と同じ、いえ、それ以上に大切な日です。」

真っ直ぐに見つめられて言われて、白磁の頬にさっと朱色が交わった。熱を冷ますように、小さく頭を振る。

「・・・・分かった。分かったから往来でそんな真顔で恥ずかしいことを言うな。」

「はい、ラインハルト様。ああ、そうだ。当日はどうなさいますか?丁度、休日ではありますが。」

「どうにもしない。姉上の焼いたケーキと、あとは・・・・お前が居てくれればいい。」

ぽつり、と囁かすぎるほど小さな希望を口にして、耳を赤くしたまま足早に歩き出す。それを追って、キルヒアイスは荷物を抱え直した。

今や、皇帝の寵姫となった実の姉。彼女の焼くケーキは、パティシエたちが丹精込めて作り上げたどんな菓子にも遠く及ばない。少なくとも、彼ら二人にとって。
だが、幼い頃は毎日のように食べることができたあの素朴で優しい味は、今や希少価値の高いものと化している。彼女と彼らの意志ではなく、もっと強大で不当な力によって。

それを取り返すために、まだまだ最初の曲がり角を通り過ぎた、といったところでしかない。

先を歩いていたラインハルトに追いついて、キルヒアイスは隣を歩く。

「まだ、開いてる店があったと思います。そこで軽く済ませて、ケーキを買って帰りましょう。」

頷き、視線を空へと向ける。人工の明かりよりも美しい光を放つ星々が煌めき、深い紺色の夜空を我が物顔で彩っていた。


Ende.


あとがき

フライングで金髪さん誕生日前のお話を。私の中で、彼はあまり誕生日とか記念日とか気にしてなさそうだなというイメージがあります(ただし、キルヒアイスや姉のは絶対に忘れない)。
カイザーになったら誕生日なんて記念日になるのでしょうが、盛大に祝うのは止めろって心の中では思ってたりしてそうだなあ、とか・・・。でも部下は盛大に祝うのだろうなあとか・・・贈物に囲まれて困っちゃう陛下も見たい気がします。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ