小説倉庫4

□Joker
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簡単に堕ちてしまうのでは、つまらない。
不屈であるからこそ、此方も躍起になって陥落させたくもなる。誇り高く、美しき君臨者。もしもその苛烈な、氷のような、されど焔のようでもある瞳が、己一人に注がれたのならば。

その時は、何を失おうと構いはしない。


***


自分の手札を見つめる。言ってしまえば「役なし」だ。賞賛の見込みは、今のところない。余程、よい引きでもしない限り。
対する相手は、テーブルを爪弾きながら何やら思案している。

爪の先まで丁寧に鑢で整えられたような指が、一枚のカードを机上に落とした。

ダイヤのエース。此方に手に入っていれば、ワンペアになった。惜しいな、と札を見下ろす。

減った手札に、元と同じだけの枚数を足して、彼は顎に指を当てた。手札に視線は注がれたままで、ワイングラスを手に取る。揺れる真紅を一口飲んで、緩やかに瞬きした。

白い貌は、やや赤味を帯びている。

「いい札が揃いましたか、マインカイザー?」

「恐らくは、卿と似たような塩梅だ。大したものは揃っていない。」

自分の手札を三枚捨てて、新しく取る。捨てられた中に、目当てのものがあったらしい。小さく彼は舌打ちした。思わず、笑ってしまう。
空になったグラスに注いでやって、灰皿に置かれた煙草を銜えた。

「煙草は吸うな、と何度も言っているのだが。」

「先程の勝負で、私が勝ったのですから一本くらい宜しいでしょう?」

「駄目だ、部屋が臭くなる。それに苦いのは嫌いだ。」

睨まれては、それ以上何も言えない。再び、大して減っていない煙草は灰皿に舞い戻った。
次に勝ったら、恐らくライターかシガレットケースのどちらかは、彼の手で没収されるだろう。

一枚、手札を捨てて、彼は新しいものを手にする。瞬時、蒼氷色の瞳がきらりと光った。望んだものが来たらしい。嬉しそうに、唇が弧を描く。はてさて、それは本当なのか演技なのか。手札を見るまで、結果は分からない。最初は、ポーカーをやるにも慣れておらず、チェスはあれだけ名手だというのに散々負けて悔しそうにしていたが、今ではすっかり互角。そうそう容易く、負けてなどくれない。それはそうだ、負けず嫌いなのだから。それも相当、頑固で、矜持の高い人。
それは、だが自分にも言えることなので口には出さない。

好い加減、揃わぬ札を待ち望んでも無駄か、と全ての手札を捨てた。

「おや、負けを認めたか?」

「御冗談を。」

最初(はな)から敗けるようであれば、そもそも勝負など挑めない。
捨てたのと同じだけ、手にとった。

「コール、と行きましょうか。」

机上に並べられる相手の骨牌。
王と女王に騎士を揃えたハートのストレートフラッシュ。成程、大抵の札では勝てるものではない。

自分の札を見せた途端に、がたりと椅子が蹴り倒された。

チェシャ猫が意地悪く笑う其れ。嗚呼、恐らくその猫と似たような、底意地悪い笑みを己は張り付かせているに違いない。

スペードのロイヤルストレートフラッシュ。他に勝てる札は、無い。きりりと吊り上がる眉。噛み締められた唇。怒りに燃えるその瞳。ようやく、札でなく己に視線が注がれて、満足を覚えた。

「納得いかぬ。」

「そうは言われましても、この通り。種も仕掛けも無いですよ、陛下。袖にも靴にも如何様などしていないのは、予め貴方が確認されたでしょう?」

「では、札を選んでいる間に机の下で不埒に働いていた卿のその脚は何だ!?立派な心理戦の妨害であろう!」

帰る、と扉に向かうのを腕をつかんで阻止した。引き寄せて、耳元に口を寄せる。

「蹴られないので、てっきり受け入れておいでかと思っていたのですが。」

「そんなことをすれば、グラスが落ちて割れる。」

「それでも、止めることは出来た筈。そうしなかったのは、貴方ですよマインカイザー。」

後ろから抱きしめて、頚筋に触れるだけの口付けを落とす。一気に赤味の増す肌。

「先に五勝した方の言うことを聞く、そういう賭けの内容でしたね。まさか反故はなさいませんよね、陛下?」

ぎり、と白い真珠のような歯が音を上げた。だが、馬鹿馬鹿しい内容とはいえ、勝負は勝負で約束はされている。それに背くのは、高潔な彼には出来ないことだった。

「次に同じ手を使ったら、その時は骨が砕けるほどに踏んでやるからな、ロイエンタール。」

「心しておきましょう。」

そう返して、吐息を奪った。


***


一糸纏わぬ姿が、ベッドランプに柔らかく輪郭を溶けさせている。律動に合わせて、シーツの上に散らばる金糸が漣を立てて、痩躯がしなった。
鬱金に翳る淡い茂みを、何度も蜜が濡らす。

充血し、止めどなく先端から溢れる雫を塗り込めるように手であやせば、泣きそうな声が聞こえた。

耐え忍んできた嬌声が、堰き切られて鼓膜を叩く。

枕を抱きかかえて、顔を背けて。決して見せまいとするのを、力づくで振り向かせた。水の膜で潤う蒼氷。唾液で濡れて光る唇。その壮絶な艷やかさに、息を呑む。彼の狭い体内を占領する己の分身が、硬さを一層増すのを自覚した。

誘い込むように畝ねる細筒。奥歯を噛み締め、耐える。まだ、果てるには早い。終わらせてしまいたくなど、無い。

埋めたものを半ばまで引き抜き、浅い箇所をゆるゆると抉る。無意識だろうが、腰を揺らして彼は首を振る。

「やっ、ア」

「何が御嫌なのです?」

「ちがう、」

鸚鵡返しに問う。ふるふると睫毛を震わせて、息も絶え絶えに戦慄いて。じっとりと濡れた唇は、何度も“違う”と繰り返した。

「それでは分かりませんよ、マインカイザー。どうしたいのか、私がどうすればよいのか仰って頂きたい。」

普段は誰にも見せないような姿を晒して、羞恥に染まる頬。素直に溺れきることは出来ず、戸惑い、けれど求める。そんな彼が可愛くていじらしい。同時に、少しばかり苛めてしまいたくもなる。
悪趣味と、誰から言われるまでもなく、承知していた。
眦を幾度も水滴が伝い落ちて、汗に濡れて熱を帯びた身が、解放を望み揺れる。

このままでは、互いに生殺しもいいところだ。

絶えず与えられる生温い刺激に、到頭耐えかねて細く彼は息を吐き出して、枕を手放した。

「はやく、滅茶苦茶にしろ。」

「―――御意。」

腰を両手で掴み、引き摺り下ろす。深々と貫くと、喉元を仰け反らせて甲高く喘いだ。身を折りたたむようにさせて、伸し掛る。

ぐじゅ、と繋がりあった箇所が生々しい音を上げた。

びくびくと震えながら、尾を引くように啼いて、くたりと四肢の力が抜けて白い腕と脚が放り出される。萎えた己を引き抜くと、どろりとした白濁が内股を伝った。忙しなく胸を上下させ、目蓋を下ろす。

「ロイエンタール。」

「・・・なんでしょうか?」

「次に予が勝ったら、」

後半は不明瞭になって、そのままどうやら眠ってしまったらしい。苦笑し、目蓋の上に唇で触れる。

別に、勝とうが負けようが貴方にであれば、あまり意味は無いのだ。確かに勝ちたいという気持ちはある。今回も、ゲームでは勝った。だが、何時だって自分は貴方に勝てた試しがない。
恐らく、あの嵐の日に忠誠を誓い、その蒼氷色の双眸の奥に燃える焔で焼かれた時から、ずっと。

「その時は、また御相手しますよ、マインカイザー。」

恋は惚れたほうが敗けだと、よくも言ったものだ。一人、笑って、照明を落とした。


Ende.


あとがき

不憫な黒が可哀想だったので、少しラブいのを。でもイチャイチャってあまり印象でもないので、こんなのになりました。赤毛さんとだったらイチャイチャもしそうだけれども、やっぱり黒相手ではこうかな〜と。

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