ツキウタ。短編

□紅茶の香り(春夢)
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嫌な予感がする
俺は撮影場所が近かったこともありタクシーで帰ってきた
撮影が終わった直後、暦に連絡をしたが繋がらない
今日は春が休みだから独りで紅茶や読書でもしているかと思えばタクシーの中で電話してみても出なかった

タクシーを降りると寮のグラビ共有ルームまで全力で走る

共有ルームに入ると飲みかけの紅茶、栞の挟まった本が置いてあった

紅茶はもう冷めてしまっているようだ
紅茶は二人分用意されていて、春が一人でなかったのが分かる

俺は慌てて春の部屋を叩いた
しかし何度叩いても返事はない

こういう時は月城さんか管理人さんに相談するべきだろうが時間が無い
俺は思いきりドアを殴る
ドアのロックが瓦よりも強いとは思わなかったから
実際にそれは簡単に壊れたのだ

「春!! 暦!!」

中に入るとその光景は信じられなかった
中には裸の男女がいて事後に男性が女性のことを抱きしめているようだった
片方は春、女の方は体しか見えなかった
しかし、何度も見てきたそれは暦であると確信するに十分で
うまく状況が飲み込めない

「なんで、こんな..」

自分でも間抜けな問いだった

春は体を起こし暦から退くと毛布をかけた

「俺も暦が好きだったんだ」

独り言のように言う春だが、俺はそれに気づいていた
気づいていてそれに関して何も言わなかった

しかし、暦も春を好きだったのだろうかと思考する
しかし、そんなのはわかりきっているはずだ
暦が二人きりの時に見せる笑った顔も照れた顔も泣いた顔も全部偽物じゃないって

何より、浮気や二股なら約束してる日にはこんなことをしないだろうし、共有ルームに証拠なんて残さない

そこで導き出された答えは複数あるが、それらは全て似たりよったりのものだった
俺は暦のところに行くと抱きしめた
その時に見えた涙のあとが推理を確信させた

「始、ごめんね、」

謝られて俺は理解出来なかった
何故謝られたのか
俺の推測通りならこれは名前の望まざることだったはずだ

「嫌いに、なった?」

既に枯れたと思った涙はまだ出るらしく俺の方を濡らす

「....なるわけないだろ」

そう返すと安心したように抱きしめられた

「..春」

俺が暦を話して春を殴ろうとした刹那、抱きしめられた

「お部屋に、連れてって」

暦は空気が読めない
そして今も
こんな状況でも春が殴られないよう庇うとは
アイドルが暴力を振るったと報道されることを防ぐとは

ここで止めたのは、春が大怪我をすることでこの件が若手アイドルの恋愛のもつれとしてマスコミに食われないためであると気づいたのはもっとあとのことだったが

俺は少し迷わなかったわけじゃないが、暦の言うことを優先した
混乱してる、傷ついてる恋人をこのままにはできない

俺は名前を抱えてこの部屋を後にした

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