Chasing! ブック

□11
1ページ/1ページ






しまった……。靖友を本気で殴ってしまった。殴ったのが新開には悪いけどあんただったらどんなに良かった事か。

「うぅ……ッ!ヤバ、だんだん涙で前、見えな……」

涙が目いっぱいに溜まり、視界がぼやける。気がつけば校舎裏のいつも靖友が黒猫ちゃんと戯れるベンチまで来てしまった。一先ずベンチに座り涙を拭う。

「あ……、部活ほっぽり出して来ちゃった…」

あとで福富に怒られるのは確実だな…。一年生も置いて来ちゃったし、

「もう何やってんの、私……」

また潤み出す目に手を押し当てた。

絶対靖友にはこんな顔見せらんない。別に靖友は悪くないんだ。私が意識し過ぎただけで、

「ッ……」

ダメだ、ほんと私って馬鹿だ。酷い事をした今、靖友への気持ちがどんどん溢れてくる。

「や、すとも……」

絶対怒ってるよね…。そりゃあ、あんだけ力いっぱい殴っ……、

その時こっちに近付く足音が聞こえ、思わずその方向に背を向けた瞬間、






「ッハ、ハ…、ッ呼んだか?バァカ」

「や、靖友!?」

靖友の声に思わず振り返ると、校舎の陰から出てきた靖友に驚き大声を出してしまう。って、

「あんた、汗だく……」

「るっせェ!おめェを探し回ってだんだヨ!ったりめーだろッ」

ドカドカと大股で歩み寄る靖友は表情はもはや鬼。吊り上がった眉をさらに吊り上げて、愚痴を吐く口は大きく開かれている。

「やすと……ッ!!」

靖友、と呼ぼうとした私は息を飲んだ。それは靖友の手がスッと上がった為。

勢い良く振り下ろされる手に反射的に目を閉じた私にガンッっと大きな音が耳に届いた。一瞬過ぎった殴られるという考えは空振り、痛みはなかった。恐る恐る目を開けば、

「ッ、」

間近に靖友の顔。靖友はベンチの背凭れに私を覆うように真正面から片手を伸ばしていた。

靖友の前髪が私の顔にかかるんじゃないかってくらいの、先程よりも近い距離に身体も、瞳すら動かせない。

「なァに泣いてんだヨ、バァカ。赤くなってんぞォ」

荒々しい声とは違い、身体を支えるのとは反対の手で私の目元に優しく触れるその手にドキリと胸が跳ねた。








「また走らせやがって。汗だくになったじゃねーか」

「ごめ、…なさい」

靖友の言う事は尤もだ。ちゃんと謝らなきゃ駄目なのに、今はこの状況に思考が止まっていて話す事すら困難だ。

「空ちゃんさァ、」

そこで口を閉ざす靖友は少し間を置いた後、

「さっきのパンチ、照れ隠しィ?」

「え、」

「だったら怒んのやめてやんヨ」

したり顔の靖友にズルい、と声に出しそうになったが間一髪飲み込んだ。そんな事言ったらこの闘いに終止符を打つのも同然。その時点で私の負けが決まる。

だが黙りの私を見つめる靖友の瞳の色が一瞬揺らいだ気がした。

表情はからかっているように見えても目が笑っていない、というより哀しそうな目と例える方が合ってるかもしれない……。

靖友は私の答えを待ってる。

直感だけど絶対当たってるって自信はある。だって、靖友の事は誰よりも見て来た私なんだから。








「負けた…」

「ア?」

「負けたっつってんの!もう降参!靖友の勝ちッ!」

叫ぶように言った私に訝しげな視線を送って来ていた靖友だったが、言葉の意味を理解したのか次には顔を真っ赤に染め上げた。

そして一瞬視線を逸らして頭を掻いた後、

「空ちゃん、ちゃんとした言葉で言ってくんなァい?オレ、はっきり聞きてェんだけど」

真剣な表情で言ってきた靖友に、

「靖友もちゃんと言ってないもん」

空気も読まず反論した。というか恥ずかしくて言えないだけだが。

「ア?言っただろーがァ!」

「ちゃんと言葉で聞いてない!やんわりした感じだったじゃん」

「チッ、しゃーねーなァ。空!」

「…うぇ!?はい!」

いきなり名前を呼び捨てにされた私は驚愕し、自然と背筋が伸びる。

「………す、す………っだーーー!クソ!!ちょっと待て……」

ごにょごにょ言ったと思えばいきなり雄叫びを上げる靖友は、相当恥ずかしいのか手で顔を覆って動かない。待てども赤い顔の靖友を見つめていると、






「ヤベェ、いざ言うとなると何言ってイイのかわかんねーなァ」

顔を露わにした靖友は申し訳なさそうにはにかんた。何だその笑顔。反側じゃないか。

そんな靖友を見て、気が付けば覆い被さる靖友の首に腕を絡め抱き着いていた。

「んなッ!?空ちゃん!?」

座ったまま私に抱き着かれて腰を曲げる体制になった靖友があわあわとしているのに笑いが漏れる。

「ははっ!…好きだよ、バァカ!」

「ッ!――――オレ、だっせェな…。よいしょォ」

「わ!な、何すん」

「ちょっと黙って」

靖友がしゃがんだ瞬間、私の脇に腕を差し入れ立たせた後、腕はそのまま私の背中に回り靖友の胸に引き寄せられた。

靖友に抱き締められて思うのは汗混じりの匂いとか、胸に丁度当たった耳から激しく打ち付ける心臓の音とか、

全部が嬉しいという事。これが、恋愛の好きって事なんだと理解してしまえば自然と笑顔にもなる。


「アァ……、なんつーかサ。先越されたけどよ、

ずっと前から好きだったヨ、空ちゃん」

掠れた声に抱き締める力が強くなる。

ああ駄目だ。一週間もかからず私は靖友の事がどうしようもなく好きになってしまったようだ。

「有言実行、だね」

「ン?」

「一週間、経たずに私は靖友が好きだってわからせられちゃった」

「ッおま!………んな可愛い事いきなり言うんじゃねーヨ」

「あはは!」









靖友は鼻が効くから、案外私が無自覚で靖友の事が好きだってのを知ってたのかもしれないな。だからその気持ちを覆う壁を真正面から叩き壊しに来てくれたんだ。

「ヤッベ!ぜってェ十五分過ぎた!福ちゃんに怒られっぞォ!!」

「うわッ、十五分って!?てか靖友!いきなり引っ張んなーーーッ!!」

手を引っ張られるの多いな、なんて思ったけど今までとは違い指を絡ませた繋ぎ方にすら激しくときめく胸。

靖友に恋するきっかけをくれた靖友自身に、いつかちゃんと言えたらいいな。

ありがと、ってね。



部に戻れば新開が私の代わりにメンテナンス講座を開いてくれていた。靖友も福富から言い渡された十五分を大幅に過ぎたのにまさかのお咎めなし。

疑問に思った私達が新開に問えば、部の出来事は俺がサポートするのは当然だ。と福富が言っていたと聞かされ、

「福ちゃーーん!あんがとネェ!」

「福富、あんたはやっぱイイ奴だよーーー!!」

靖友と私は福富の寛大さに歓喜に震えるのであった。


※一週間宣言五日目。荒北靖友が新井空を完全ノックアウトし、

二人はめでたく付き合う事になったとさ。




The end……?

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ