Chasing! ブック

□08
1ページ/1ページ






「おめさん、靖友と付き合ったのか?」

「は?」

靖友の一週間宣言から三日目。初日二日目はバイト勤務だった為に、部に顔を出すのは二日ぶりだ。

靖友とも昨日からは案外普通に話す事ができている事が嬉しくて、意気揚々と工具箱を持って部室に行けば新開にメンテを頼まれた。

三年生は靖友みたいに面倒だからと言う奴以外は基本自分でメンテナンスができる筈なのにだ。だがその後、パワーバーを咥えたままの新開に言われた言葉に目的はそっちかと溜息が漏れる。

前々からレース中以外にパワーバー咥えながら喋るなと何度注意しても聞かないこの男の手から自転車を奪い、スタンドに立てかけしゃがんだ。

「何でみんな同じ事ばっか言うかな」

「そりゃあ昨日、校門前でいちゃついてたらみんな思うぞ」

「え、見てたの?」

「バッチリな」

そう言ってウインクしながらバキュンと銃を撃つ振りをする新開に再度溜息を吐いた。

「―――今そこら辺デリケートなの。だから今みたいなの靖友には絶対言っちゃダメだからね」

「デリケートって事は靖友が空に告白して空はまだ答えを出せていない、という所か?」

「何でわかんの!?」

メンテする為にしゃがんで自転車に向いていた私は思わず振り返る。







「わかるも何も、靖友にそろそろ告白しろって言ったの俺だからな」

「お前が元凶か」

靖友の奴、未緒ちゃんだけじゃなくて新開にも相談してたのか。

「まあ元々熟年夫婦みたいなもんだったから、今更かとは思ったけどな」

「熟年夫婦?」

「だっておめさん、靖友の言いたい事言う前にわかるだろ?何が欲しいとか」

それに関してはもちろん思い当たる節はいっぱいある。泉田君にもついこの前言われたし。

「でも丸二年も一緒に居たらだいたいわかるんじゃ…」

「一年の時から付き合ってる中嶋と香川のカップル知ってるだろ?」

「ああ、あの二人仲良いよね」

一年からずっと続いている学年一の名物カップルくらいは知ってる。だけどそれと何の関係が……。

「中嶋が言ってたぞ。おめさん達みたいになりたいってな」

「え、私達付き合ってないのに?」

「それぐらい周りからは仲が良いって見られてる証拠だろ?」

新開の言葉を疑っている訳じゃないけど、正直学年一のカップルからそう見られていたなんて明かされて恥ずかしいと思わない訳がない。







「靖友が新開に相談してたから言うけど、部員のみんなもそう思ってたりするの?」

「おめさん……ここまで聞いてまだわかってなかったのか」

「憐れむような目で見るな。……私にとっては今までの関係が当たり前だと思ってたの」

長話になるなと思い、作業をしながらと決めて空気圧計を取り出し計る事にした。

「正直今まで靖友の事を恋愛感情で見た事がなかったし、何するにも馬鹿話して笑い合っていられるんだってなんとなく思ってた。

けど未緒ちゃんに言われたんだぁ…。

後一年で私達は大学に進んで、そしたら靖友と居られるかどうかわかんない。気が付けば靖友の隣は私じゃないかもしれないよって。

それ考えたらさ、なんか無性に嫌になってきてようやく靖友が私にとって特別なんだって事には気が付いた」

「だったら、」

「でもね、それが恋愛感情なのかただの子供っぽい我が儘なのかはわかんなくて今必死に考えてんの」

新開に背中を向けてるからかな。この三日間、考えていた事がスラスラと言葉にできた。これも未緒ちゃんのおかげだなぁ…。

「フム、そういう事だったのか!」

「え?」

いきなりの第三者の声に驚いた私が勢い良く振り返れば、

「と、とと東堂!?」

「いやーー!荒北の走りが好調な理由はやっぱり新井さんだったのだな!」

笑顔満点の東堂は「そうかそうか!」と一人で盛り上がっているが、私はそれに反して物凄い焦っていた。

何故ならコイツの空気の読めなさはある意味破壊的にレベルが高く、空気圧で正確に計れるものなら数値を本人に提示したいくらいだ。

そんな奴にバレたら絶対話がややこしくなる!

「と、東堂?今の話どこから聞いてた?」

「正直今まで靖友の事を恋愛感情で……、からだ!」

「初っ端からじゃんッ!新開何で教えてくれなかったのさ!!」

「いや、おめさんが急に話し出したからタイミングが掴めなくてな」

そう言ってまたお馴染みのポーズをかます新開に、右手に持つ空気圧計を投げつけたくなった。

「まあまあ!新井さんの気持ちを荒北に言うなんて野暮な事はせんよ。それは新井さんが本人に伝えるべき事だからな!」

「東堂……」

ごめん、破壊的なレベルの空気読めない人だと思ってたけど、東堂。実は良い奴だったんだね…。

「尽八の言う通りだな。後はおめさん次第だ。ただ、靖友はああ見えてデリケートだから…って、それはおめさんならよく知ってるか」

「………そうだね。二人共、話聞いてくれてありがと」

私が笑顔で礼を言えば二人も笑顔で頷いてくれた。

ほんとみんなに心配掛けっぱなしだな、なんて気が付いた三日目。


※一瞬間宣言三日目。荒北靖友のアタックはほぼ無かったが、新開と東堂のナイスアシストにより荒北の知らぬ所でさらなるポイントが加算。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ