Chasing! ブック
□06
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午前中は靖友が離れなくて未緒ちゃんに近寄る事さえ叶わなかったけど、ようやく昼休みに解放された。
なんでも今日は部のミーティングがあるとかで、四時間目が終わってすぐ出て行った。
「はぁ……」
ヤバいよ。溜息しか出ないよ。
消しゴムから始まり、教科書忘れたとかで席くっつけて顔を近づけて来るわ、休み時間はジュース買いに行くのにわざわざ手を掴んだまま行くわ……、
靖友の接近攻撃に私のHPゲージは既に底を着きそうだ。
「空、あんた荒北君ととうとう付き合ったの?」
そりゃ未緒ちゃんもそう言うよね。でも違うんだよ。現在進行形で格闘中だよ。未緒ちゃんが前の空いてる席に座って私に品定めするような視線を送ってくる。
「……つ、付き合ってないけど、」
「じゃあようやく荒北君に告白でもされた?」
「何でわかんの!?」
「何でって、みんな周知の事実だと思うけど。てか私荒北君に何度か相談されてたし」
わーーお、未緒ちゃんにまで相談してたのか。
「あんたがそれだけ鈍けりゃあの荒北君でも男になるんだねぇ〜。まごう事なきツンデレだね、あの子」
「わ、笑い事じゃないよ!靖友の事そんな風に見た事なかったのにいきなり言われて」
「いきなりだと思ってんの、たぶんあんただけだよ。この鈍感女」
「ぐぅ……、」
さっきも手引っ張られてる時、違うクラスの子に「ようやくか」とか言われたのはやっぱりそういう事だったんだ…。
自分では鈍感だなんて意識してなかったけど、未緒ちゃんが言うんだから間違いない。未緒ちゃんとも三年間の長い付き合いだもんなぁ。
「それで荒北君の想いを聞いた上で聞くけど、正直今どんな気持ちなの」
「……わかんない」
靖友の行動一つ一つに振り回されてて、考える事すら儘ならない状況というのが本音だ。
「わかんないなりにでいいから。あんたに一から十まで説明するなんて器用な事できないの知ってるし」
未緒ちゃん酷い。でも私の一番の理解者である未緒ちゃんならこのモヤモヤをわかってくれるかもしれない。
周りに聞こえないように身を乗り出した私は小声であのね、と話し出した。
「……靖友の事は嫌いじゃない。どちらかというと好き。だけどそれが恋愛感情なのかわかんないんだよね。
靖友に言われたんだけど、一週間で俺の事を好きだって自覚させてやるって。
それ言われてからさ、なんかこう……、靖友にうまく踊らされてる気がして。つい顔赤くしちゃったり、アイツがいつもの仏頂面崩して笑う顔をすっ、好きだなぁとか思ったり……
っだ――――ッ!今まで意識してなかったけどアイツが思いの外かっこいい事に気付いたというか!
もう恥ずかしくて頭痛いんだよぉおおお!!」
最後の方はもう絞り出すような声で身体を起こして喚く私は、羞恥の余り勢いよく机に頭をぶつけた。思いの外痛くてそのまま腕の中に顔を隠していたら、優しく頭に手を置かれた。
ゆっくり顔を上げれば未緒ちゃんはそれはとても優しそうな笑顔で、一瞬女の私がトキめいた。
「空が馬鹿なのは今に始まった事じゃないけどさ」
「ば、馬鹿って…」
「黙って聞く。」
優しかった手がチョップをかましてきた事により、私は慌てて口を閉じた。
「まあとりあえず空は一週間なんて期限無視してさ、じっくり考えな。荒北もああは言ったけど無理矢理好きにさせたい訳じゃないからさ。
あと、彼氏が居る私からの助言としては、好きかどうか判らない時は…」
「………時は?」
「自分の気持ちに正直になる事。相手が気持ちを伝えてくれてる事に敏感になる事。んでその気持ちをずっとこのまま自分に向けて欲しいのか考える事。
荒北だって男だよ?もし大学が別んなって距離が開いた時に、その感情が別の女に向けられるかもしれない。そこまで考えたらちゃんと空にも答えが出せるよ」
………靖友の隣に私が居なくて、別の誰かが……?それを考えて浮かんだのは、あの顔くしゃっとする笑い方を他の誰かにする靖友だった。
「それはちょっと嫌かもしんない」
「そーならたぶん空にとって荒北は特別なんだよ。他の男よりもね」
「でもそれは恋愛感情なのかな…」
「初日にそこまで考える事が出来たんだからあと一週間悩み続ければいんじゃない?ま、荒北が一週間我慢できるかどうかは別だけどね」
そう言った未緒ちゃんは窓の外を顎で指した。窓際の席だから覗けば容易に見えるグラウンド。何だろうと目を凝らせば、
「あ、」
靖友がグラウンドからこっちを見ていた。そして私と目が合った瞬間、顔をくしゃっとした笑顔で軽く手を上げた。
途端、私の心臓がドクンと脈打ち、それに比例して顔に熱が集中する。
思わず靖友から見えないように机に伏せて体制を低くしたら未緒ちゃんが声を上げて笑った。
「〜〜〜〜〜ッ!笑わないでよぉおお!」
「くっ、だって…、空可愛いんだもんッ!」
何だってんだ。今日は二人も可愛いと言われてしまった。
※一週間宣言初日、荒北靖友が新井空に猛烈アタック。
空は友人の助言により一時回復するも、その友人に笑われまさかの劣勢模様。