Chasing! ブック

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とりあえず店から出たものの、何から説明していいのやら…。靖友はまだ不機嫌だし、早く誤解は解きたいが店の前で言い合いになっては出た意味がない。

「自転車取ってくるからちょっと待ってて」

そう投げかけてもチラリと私を見た靖友は舌打ちしただけで、またそっぽ向いてしまった。いつもなら、何舌打ちしてんのと突っかかる私も今回ばかりはお手上げだ。

黙って自転車を取りに行って靖友に場所を変えようと提案したら、愛用のビアンキに跨り漕ぎ出した。私も慌てて跨り靖友を追いかけた。


そこから会話はなく、只々箱根の山を登りだした靖友に着いて行くだけ。普段ならこのルートを一緒に走りながら会話するのに、黙々と走る今日は物凄くペダルが重く感じた。

とうとう頂上付近のいつもの休憩所に到着し、減速した靖友に合わせて私もブレーキをかける。自販機に自転車を立てかけた靖友は飲み物を買うのか、ポケットから財布を取り出した。

私は近くのベンチに腰掛け靖友がこちらへ来るのを待っていた。

靖友とこんな雰囲気になるのは初めてで、心臓がうるさいくらいにバクバクと早鐘を打っている。

別に大したことのないのに、冗談を靖友が勘違いしているだけなのに、言葉を選ぶ私は一体全体どうしてしまったのか。

靖友がこっちに来たらまず謝ろう。そう心に決めた時、






「ン」

「え?」

靖友の声に顔を上げれば差し出されたオレンジジュースのペットボトルが視界いっぱいに映った。戸惑いながらも受け取れば、ドカっと隣に座りベプシの蓋を開けた靖友はぐいっと口の中に流し込んだ。

そして「で?」と聞いてきた靖友に、ようやく弁解のチャンスが訪れた事を理解した私は「ごめん!」と言いながら勢いよく頭を下げた。

「別に深い意味はなくて、店長と靖友の話してたら成り行きで高校で彼氏できないのは靖友のせいだってなっちゃって!

別に彼氏が欲しいって訳じゃないんだけど、話の流れで冗談、っていうか…。靖友と距離置きたいなんてこれっぽっちもないから!

どちらかというと居てくれる方が楽しいし…、男女の友情最高、みたいな?えぇっと…、とりあえず靖友がずっと一緒に居てくれたおかげで私、花の女子高生活毎日楽しいよ!?」

堰を切ったように言った弁解の言葉。言って早々私は目の前に居る靖友が目をまん丸に見開いたのを見て頭を抱えた。

わ、私の馬鹿野郎―――!!此処までの道のりで言いたい事纏めたのに、全然纏まってない!!そりゃ靖友の目もかっ開くよ!!

ああ、またバカだと罵られ…、


「おめェに彼氏ができない理由、当たってるっつったらァ………どーする?」

「……え?」

靖友の言葉に思わず顔を上げれば試合で前の選手を追いかける時の…、獲物を追いかける野獣荒北と呼ばれる時の表情とかち合った。

「やす、とも?」

「空ちゃんさ、男女の友情って言ったよネ?」

頭の中で警戒音が鳴る。そして周囲に言われ続けてきた、

『荒北と付き合ってないの?』

その言葉も頭に浮かんだ。









「オレってさ、男女の友情って信じない派なんだわ」

いつの間にかベンチにベプシを置いていた靖友は、両手で私の顔を包み込んできた。見た目の細さとは相反したゴツゴツした手に、心臓が強く跳ねた。

「空ちゃん、」

「は、はい…」

「オレは独占欲つえーから、覚悟しとけヨ」

「…………ん!?」

「ん!?じゃねーヨ、バァカ!理解する努力しろっつーの」

ちょっと待て、何だこの少女漫画的展開!てゆーかサラリと殺し文句を――――、

「ッ!」

「そーそー。そういう顔が見たかったんだ、オレは」

「や、め…!顔真っ赤なのをそんな風に指摘するな!」

「ンだよ、照れてる顔見れてこっちはテンション高ェんだヨ」

「そんなの知らないもん!」

「るっせ、ちょっと黙れ…」

近づく靖友の顔。あ、ヤバイ。喰われ……、








「…………ナニ、この手」

今、私は靖友の口を自分の手で覆い、唇を死守した状況だ。てゆーか…、

「こっちがまだ了承もしてないのに、き、キスするなんてヤダ」

「じゃー了承しろヨ」

「む、無理!まだ靖友が好きなのかわかんないもんッ」

ぐいぐい顔を近づけてくる靖友を負けじと押し返す私。しばらく押し問答を繰り返していたが、観念したのかようやく体制を戻した靖友。

目まぐるしい展開に私の頭はパンク状態で、それに連なり荒くなった呼吸を整える。

靖友が私を好きだという事でもういっぱいいっぱいなのに、キスまでしようとするコイツに本気でステイと言おうか悩む。

悶々としている私を無視して「じゃあサ…」と言った靖友に、視線を向ければ、

「一週間」

「え?」

「一週間でオレの事好きっておめェにわからせてやる」

んん!?一週間って、そんなの好きになるかなんてわかんないじゃん…!

「わかる」

「こ、心の中を読むな。…あのね、別に靖友が嫌いな訳でもないしどっちかって言うと好きだけど、一週間で恋愛感情が生まれる訳…」

「空ちゃんよォ…」

地を這うような低い声で呼ばれ、背筋が凍りつく。さっきも見た、試合の時の靖友の威圧感に当てられ固まっていると、

「オレは追いかけてる時の方が燃えるんだヨ、逃げれば逃げる程なァ。おめェもよく知ってんだろォ?」

ニヒルに笑ってそう言ってのける靖友には、一週間という期間は短すぎるのかもしれない。

この日から喰われまいと逃げる私の、一週間という短くも長い過酷なレースの始まった。

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