Chasing! ブック

□01
1ページ/1ページ






「はーい、じゃあ次の人来てくれる――?」

私の呼びかけに応じて後輩の泉田君が自転車を押して私の前まで歩み寄ってくる。彼から自転車を預かり、愛用の工具を使って自転車をまじまじと見る私は、

此処、箱根学園自転車競技部のメンテナンス担当だったりする。

別にこの部のメンバーという訳ではなくて、箱学御用達のサイクルショップのアルバイトがきっかけで部員のお世話をさせてもらってるのだ。

勉学と部活をしている部員達は自分でメンテナンスするしかなく、特に寮生は学校と寮の往復のみで、たまのオフにサイクルショップに足を運ぶ程度。

それでは事故に繋がるかもしれないからと、監督が出張メンテナンスを依頼したのがきっかけだ。

それでたまたま私が箱学生でアルバイトしているからと、この部の監督にスカウトされた、という訳なのだが…。あの時、強制的に連行されたのを三年経った今でも明白に覚えている。

まあ私としては、自転車が弄れる上にサイクルショップの店長からも給料弾むよなんて言われてしまえば反対するなんて皆無だ。なんせ此処は私にとって好きな事に熱中できるオアシスなのだから。









「……泉田君、ウェスでちゃんとチェーン吹いてる?汚れてるよ此処」

「えっ、本当ですか!?」

「スプリント勝負で物凄い勢いで回してチェーン外れて大転倒…。結果優勝を逃す、なんて事になるかもしれないね」

少々脅しのつもりで泉田君に言ったものの、本人は冷や汗を流しながらアンディとフランクにどうしよう!と話し掛けていた。まあ反省しているという事はわかるんだけど、

別に筋肉と話はしなくていいけどね。目の前に私という話し相手がいるんだけどね。

そんな少しアンニュイな感情に浸っている私に、遠く後ろの方から「空ちゃ―――ん、あれどこォ?」と間延びした呼び声がひとつ。

「ん―――と、こっちで預かってるよ!今手離せないから取りに来てくれる――?」

「え―――めんどくせェ…」

「じゃあ私に預けないでよ――。あ、あと部室の冷蔵庫に入れてるから後で取ってね。名前書いてるから」

「ったく、なまえ書くなって言ってンだろォが!てめェは母ちゃんかッ」

「うるさいバカ。無くなってたらあんたに私が犯人扱いされんでしょーが」

真後ろで止まった足音に振り返れば、何の因果か三年間同じクラス、しかも出席番号が常に前後の荒北靖友が憮然と私を見下ろしていた。

「やんねーよ!バァカ!!」

怒号に反して拳骨が落ちてくるが、この行為はコイツなりに私に感謝してるという照れ隠しだと勝手に解釈していたりする。

「あ、私の肩に掛かってんのあんたのタオル。これの事でしょ?」

「ン、あんがとネ」

泉田君の自転車に油を挿していた為に付着した油まみれの手を見たのか、肩からタオルを抜き取る靖友。









あ、そうだ。あとパワーバーも肩に斜め掛けしたウエストポーチにあるんだったと思い出し、靖友の名前を呼べば、

「そんまま取るから動くなよォ」

「さすが靖友。よくわかってる――!」

躊躇なく私の胸の前にあるバックを漁り、お目当ての物を取り出した靖友はそのままウェアのバックポケットに入れて元来た道を歩いて行く。

「今日もいつもん所でやるからね――!」

「ン。行ってくらァ」

「行ってらっしゃ――い」

背を向けたままひらひらと手を振る靖友は、そのまま部室へと入って行った。ボトルでも補充すんなかな、なんて頭の隅で考えながらメンテに取り掛かっていると、

「新井先輩……。荒北さんと本当に付き合ってないんですか?」

「え?」

顔を上げれば真剣そのものの泉田君と目が合った。

荒北と付き合ってんの?という言葉は良く言われるが、全くもって事実無根。

気が合うし、お互いの考えてる事もなんとなくわかるし、だからと言ってそこに恋愛感情がある訳ではない。どちらかと言うと……、

「付き合ってないよ?腐れ縁、ってやつかな?」

「え、それって友達って事ですか?と、ときめいたりとかしないんですか!?お二人ともあんななのにッ!?」

「ちょ、泉田君。いきなりどうしたんだい君は。……は!もしかして恋でもしてるのかい?お姉さんに話してみ」

ヒートアップした彼がずずいと前のめりで聞いてきたから、もしかして恋でもしているのかと思いきや、肩を落として頭も項垂れた反応で返された。え、違うの?

「……僕、お二人を見ていると恋愛って何だろうって常々思います」

「あはは、何で付き合ってもない私達見てそんな気分になんのさッ!おかしな事言うねぇ泉田君は」





(だってお二人、彼氏彼女を超越してもはや夫婦みたいなんですもん!でも付き合ってないってどういう事なんだ!?

謎すぎる、謎すぎるよッ!アンディ、フランク!!)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ