astragalus2

□うちの嫁自慢
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「あ、鬼灯様!」

呼ばれた先を見れば篁さん。今日はどうしたんですかと聞けばお使いですと手に持つ書類を持ち上げた。

「と言ってももう終わったんで、今から食堂でも行こうと思ってまして」

「おや、今日は奥さんの弁当はないんですか?」

「今日は妻の体調があまりよくなかったので断ったんですよねぇ」

「成る程。体調は大丈夫なんですか?」

「ただの風邪なので大丈夫ですよ〜」

相変わらず髪も性格もふわふわとした篁さんが笑って言う当たり奥さんの体調はそう大した物ではないのだろう。

「でしたらご一緒しませんか。私も今から食堂に行く所だったので」

「本当ですか!いつも弁当があるのであまり食堂へ行かないからちょっと不安だったんですよねぇ」

「不安て…、たぶん篁さんだったらどこへでも行けると思いますけど」

「え?そんな事ないですよ?」

生者の時に普通に地獄で働く程の男が何を今更と思ったものの、にこにこと笑う篁さんに言う気も失せそのまま食堂へと歩を進めた。





「鬼灯様、奥様との生活はどうですか?」

そろそろ食事も終わる頃、篁さんからの質問にまたかと思いつつも「大して面白い話はありませんよ?」と返せば「違うんですよ〜」と笑う彼に首を傾げた。

「別に面白がって聞いた訳じゃなくてですね。ほら、僕の所はもう熟年ですからなんか新鮮な話が聞きたいなァ〜なんて」

「そりゃ生前からのお付き合いなら相当な熟年でしょうね」

「で…鬼灯様はどうですか?新婚でしょ?奥さんの自慢の一つや二つあるんじゃないですか?」

「自慢、ですか?」

篁さんに言われてはたと考える。

「……そうですね。仕事が手早く気が利いて、それであっても自身の能力をひけらかさないとかですかね」

「へぇ〜、話には聞いてましたがやっぱり鬼灯様の奥様らしいですね」

「どんな話が出回ってんですか」

「そのままですよ。とても素晴らしい人と」

「…そうですか。でも篁さんの奥さんもユーモアありますよね。お弁当の和歌とか。あれは素晴らしい」

「いえいえ、お互い平安を生きた人間ですから。あの時代は和歌が歌えないと下に見られる時代でしたからね」

「それもありますがまさか夕餉の献立を昼餉でしかも海苔で知らせるのはなかなかの物ですよ」

「ははっ、まあ案外うちの嫁はそこら辺天然ですからね。あ、でも家事は全てやってもらってるんですが結構手際が良いんですよね」

「女性は細かい所に気が回りますから。私は物の整理が苦手なんですが、蓮華さんと暮らすようになってからは結構片付いてたりとかありますね」

気が付くと読んだまま置いていた本が棚に収納されていたりだとか、寝る前に書いていた書類が綺麗に積まれていたりだとか、身に覚えがいくつも出て来た。









「あ、わかります。でもだからと言って怠惰な事してると叱られますけど。鬼灯様はさすがに奥様から叱られたりは…」

「ないですね。というかあまり怒りませんね、うちの蓮華さんは」

「でも時が経てば地位が逆転するって言いますね…」

「…まあ一般論ですよね、それが」

時が経てば妻が上、夫が下という傾向説が一般的にあるが、うちはないと断言できる。

一応彼女に言い負かされる自分を想像してみたが、全くもって現実味がなさ過ぎてすぐに想像するのを止めたぐらいだ。

「まあ私の場合、そうならない内にあるべき主従関係を再確認させますが」

「…それは鬼灯様だから出来る所業でしょうね。ご飯は奥様が?」

「そうですね。と言っても共働きなんであまりしませんね。お互い食堂で済ませてしまいますし。ただ…」

「ただ?」

「たまに徹夜の時に夜食持って来てくれるんですがそれが美味しいです。ただのおにぎりとかなんですけど」

「ええ!いいじゃないですか!おにぎりって一番愛情籠ってるって感じしますよ」

「…まあ否定はしません」

「鬼灯様も奥様が絡むと素直ですね」

「…私は普段から素直です」

…どうしたことか、篁さんとの会話で無性に蓮華さんの顔が見たくなった。こんな事、今まで無かったのにだ。

今日彼女は休みなので今頃家で掃除でもしている頃だろうか。思い立った私は篁さんに断りを入れて食堂を後にした。



―――――――………












「という話を篁さんとしました」

「その報告する為に昼休みにわざわざ戻って来たんですか…?」

一時帰宅した私の目に飛び込んできたのは、驚いた顔の蓮華さん。数冊の本を手に持っている所を見るとやはり掃除中のようだった。

私が居る事が予想外で動けずにいる彼女を正面から抱き締めて、先程の話をかいつまんで説明したのだが、こうして訝しげな顔を向けられているは何故だろうか。

赤くなると思っていた彼女の頬は絹のように白く普段通り。まさかとは思うがこの数か月間で耐性が付いたのだろうか。

だがそれは杞憂だったようで、

「いえ、蓮華さんの話をしていると顔が見たくなりましたので」

「ばっ……、馬鹿な事言ってないで早く仕事に戻って下さい!」

「そんな事言うんですか。今来たばかりなのですが……、蓮華さんは私に会えて嬉しくないんですか?」

「嬉しい嬉しくないの問題じゃないです!お昼食べて来たって事は休憩あとちょっとなんでしょっ?」

ぐいぐいと胸に手を当て押し返してくる蓮華さんからようやく予想通りの反応が返って来た。

赤面し恥ずかしがる彼女の表情に心躍らせる自分は皆が言うようにドSなのだと改めて自覚する。今ここで弄り倒すのも一興なのだが、正直彼女の言う通りあまり時間はない。

仕方ないので未だ暴れる蓮華さんに「篁さんの奥さんが蓮華さんに会いたいと言っていたそうですよ」と言えばピタリと止まった。

そして腕の中からするりと逃げてまた本を整理し出す彼女は、

「は、話変えないでくださいよ、…もう」

文句を言ってはいるが、篁さんの奥さんの誘いは嬉しかったようで表情と言葉がちぐはぐだ。

篁さんにこういう彼女の仕草一つ一つを自慢したかった気持ちもあったが、口にすると勿体無い気がしたので言わなかった。

恥しがり屋の蓮華さんのことだ。もし私の言った話が彼女の耳に入れば必ず警戒して行動が可笑しくなるは目に見える。

それはそれで私として面白い物が見えるのだが、彼女が私の前でありのままを見せられなくなっては本末転倒だ。

―――――ならば…、













「本当は蓮華さんの可愛らしさを篁さんにもっと言いたかったんですけどね。特にツンデレ加減とか」

「ッ……あッ!!」

蓮華さんに直接に言えば良いのでは、と思い言った言葉にあからさまに照れた蓮華さんが手を滑らせ本をドサリと床に落とした。その行動に思わず口元が緩みそうになり手で隠す。

だが目敏い彼女はそんな私の異変に気付き、ジロリとこちらに視線を寄越した。

「………今笑いましたよね」

「笑ってません」

「いーや!笑いましたッ!」

結局怒ってもそれ程恐くもない蓮華さん。腰に手を当て仁王立ちしていても迫力は皆無である。

元々温厚な性格だからなのか、それとも私に弱いだけなのか…。ひと度謝れば「しょうがないですね」と許してしまう彼女は絶対…。


「蓮華さんは恐妻にはなれませんね」

「なりませんよ。なる前に鬼灯さんにこてんぱんにされる自信がありますからね」

蓮華さんの言葉に我ながら驚かされる。

この話は貴女に言ってなかったんですけどね。夫婦だからなのか、考える事は同じのようだ。

「ほら、お昼休憩終わりますよ!」

文句を言いながら背中を押して部屋を追い出そうとする彼女の虚を突いて、素早く振り返り無防備なその赤く染まる頬に口を近づけた。

そしてそそくさと部屋を出て歩き出した私の耳に言葉にならない声が聞こえる。

扉の向こうで赤面し発狂する蓮華さんを思い浮かべながら口元を緩ませ急いで閻魔殿へと向かう私に、照れた彼女から抗議の電話が来るまで後数秒。

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