astragalus2

□正月といえば!
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「じゃあ行ってきますね」

「ええ、ゆっくりしてきて下さい」

何かと忙しい正月。体を動かすからと着流しを襷掛けにした鬼灯さんに頭を撫でられた私は笑顔で頷いた。

一体私が何処に行くのかというと、閻魔大王様から正月の帰省を提案してもらったので久しぶりにベルゼブブ様やリリス様に会いに行くのだ。

本来はそこそこ時間の掛かる日本と西洋の行き来も、ベルゼブブ様から頂いた秘密兵器があれば移動時間も一瞬。


「やっぱり便利だよね、この魔法陣」

既に西洋地獄の自室へと到着した私は靴の下にある紙を拾い上げる。この約十五センチ四方の紙こそが秘密兵器。ベルゼブブ様直筆の転移魔法陣である。

だいたいの人が想像する悪魔の登場シーンで床に書かれているアレのミニバージョンだ。だが床に書くとなるとベルゼブブ様に鬼灯さんと私が住む部屋に来て頂く事になる。

それは絶対嫌だ、と一歩も譲らなかったベルゼブブ様は代わりにこの簡易魔法陣を作って下さったのだ。しかも使用は私限定らしい。

この魔法陣は使用すると燃えてしまうのが難有りと思われるが、何と普通のコピー機で印刷しても使用可能というのが驚きだ。

「今日もありがとうございます」

そう呟けば手の中で消し炭になった紙。手に付いた灰を振り払い身なりを整えた私は、ベルゼブブ様の部屋へと向かった。







久しぶりの元上司の執務室の扉を前に立ち止まる。此処に来るのは嫁いだ以来で少し緊張しながらもノックをした。

「ベルゼブブ様、蓮華でございます」

いつものように少し大きめの声で伝えれば、中から「入れ」とまた懐かしい声に心躍らせる私。一つ、二つ、ゆっくり深呼吸してからドアノブを掴んだ瞬間、

「わっ」

扉が内側から開かれノブを握っていた私の身体は逆らう事なく前方へ傾いた。が、ベルゼブブ様が驚き声を上げながらも正面から受け止めて下さった。

「ベルゼブブ様…、何故」

「何故って…、お前がいつまで経っても入って来ないからだろうが」

「も、申し訳ございません。久しぶりで少し緊張して深呼吸してました」

「ったく……、馬鹿な事やってないて早く入れ」

呆れ顔のベルゼブブ様に促され一礼しながら部屋の中へ入ると、

「あら蓮華、とても素敵な着物ね」

「リリス様!」

ティーカップを持ちながら優雅に座るリリス様に嬉しさの余り大きな声を出してしまった。

「お前……、本当にリリスと俺との反応の差が顕著に出るな」

「めっ!滅相もありません!そんなつもりじゃ…!」

「ああ、わかってる。だからそんな慌てるな……ん?その袋は何だ?」

ポンと頭に添えられた手にドギマギしながらも、右手に提げた紙袋をベルゼブブ様に差し出した。

「日本のお正月はお餅を食べるとの事で、今日はそれをお土産にお持ち致しました!」

今朝早く日本地獄の皆さんと一緒に餅つきをした物を分けてもらったのだ。

いやほんと、鬼灯さんが行事になるとあんなに張り切るタイプだとは思っていなかった私も初体験の餅つきにかなりテンションが上がったのは言うまでもない。










「お餅?そういえば聞いた事はあるが食べた事はないな」

「蓮華、そんな気を遣わなくて良かったのに〜」

「いえいえ、引き継ぎばかりで録に顔も出せなかったので」

リリス様にすみませんと謝ると馬鹿ねぇ、とにこやかに頭を撫でられる。何だろう、今日一日で三人も頭を撫でられてしまった。

「積もる話も蓮華が持ってきてくれたお餅食べながら話しましょ?」

「でしたら私お茶淹れますね!お餅に合うように日本茶も持ってきたんです」

「相変わらず用意周到だな」

袋を再度手に持ち給湯室へと向かう前にスケープさんの事を伺えば今日は私用で出掛けているらしい。彼の分も置いておこうと決めながら準備をし、また部屋へと戻った。

「お待たせしました」

「わぁ、素敵ね〜」

きな粉、醤油、磯辺焼き等、味付けたお餅を一人分ずつお皿に盛り付けた物をお出しすると、リリス様が嬉しそうに声を上げながら一つを口にした。

「美味しいわね、お餅」

「良かった!今朝私も搗いた物なので本当に嬉しいですっ」

「これ、お前が作ったのか?」

お皿を持ち上げまじまじと見つめるベルゼブブ様が何だか可笑しくて笑いながらも頷く。

「あ、でも一人では作れないので日本地獄の方々と一緒に」

「ええ〜、楽しそうね。ねぇアナタ?私達も何かしましょうよ」

「ふむ…、といっても日本と違ってこっちは大勢で楽しむ物はないからなぁ」

「ガレットとかは一人でも作れますもんね…」

ううん、と三人で考える。しばらく考えた私の脳内にある提案が。ただ一つだけ気になる点はあるが、リリス様がやりたいとおっしゃっれば大丈夫!





――――――……


「で、何でお前が仕切ってんだよ!」

「だってベルゼブブさん餅の搗き方知らないでしょう」

「ぐぬっ…、だっだからってなぁ!」

「はいはいアナタ、着物が崩れるわよ?せっかく似合ってるのに〜」

「そ、そうか?」

私が思いついたのは西洋で餅つきをしてみよう、という物で。鬼灯さんに相談してみれば「ついでですし今から行きますよ」と即快諾してくれたのだった。

「…それにしても相変わらずですね、ベルゼブブさん」

「リリス様にはとことん弱いですからね、ベルゼブブ様は」

ベルゼブブ様に杵を奪われた鬼灯さんがこちらへ来てぼそりと耳元で話しかけてくるのに苦笑いで答える。

目の前にはこれまた艶やかに着飾ったリリス様に褒められて頬を染めながら意気揚々と杵を振り下ろすベルゼブブ様の姿。

そして急なイベントだったが思いの外集まった参加者にサタン様も大興奮で、「異文化交流グッジョブ!」と嬉しそうにはしゃぐ姿もあった。

そんな光景を端で見つめる私達二人を見た自分の元同僚達が群がって来て、

「蓮華の旦那!?」

「日本地獄の官吏だって」

「え、玉の輿じゃないアンタ!ちょっと紹介しなさいよ」

女特有の凄まじい尋問の波に襲われるも、鬼灯さんのスマートな対応に最後は「不束な嫁ですが蓮華の事、宜しくお願いします」なんて頭を下げる始末。

色々言いたい事はあるが、長年共に仕事をしてきた仲間達から祝ってもらえるのは悪い気はしないもので、結局わいわいと話した後、今度女子会でもしようという事で決着した。







「すみません、何か騒がしくって」

「いえ…、蓮華さんの今までの暮らしっぷりが知れたので気にしてませんよ」

「それ、なんか物凄い恥ずかしいんですが…」

「でしょうね」

やっぱりこの人の思考は読めないなぁなんて思いながら隣の鬼灯さんを仰ぎ見る。

自分が今まで暮らしてきていた西洋地獄に鬼灯さんがいるこの光景。くすぐったいような、ほんわかするような、そんな感情に頬が緩む。

「何ニヤニヤしてるんですか」

「ん?なんかいいな、と思いまして」

「…………私も思った事ありますよ」

「え?」

言うだけ言って鬼灯さんの大きな手で目を覆われた。突然の事に驚く私だったが、指の隙間から見えた表情にドキリと胸が脈打った。

目を覆う手とは反対の手で自分の口元を隠す鬼灯さん。心なしか尖った耳は赤く染まっている。照れている証拠だ。

そっか…、鬼灯さんも今、私と同じ気持ちなんだ。

「幸せですね」

「……そうですね」

私にバレてると理解したのか覆っていた手を下ろした鬼灯さん。もういつも通りの無表情に戻ってしまったけれど、

「異文化交流っていいですよね」

「サタン様もたまにはいい事言いますよね」

「あはは、そうですね」

大好きな人達が集う楽しい里帰りを噛み締めながら、声を上げて笑った。





後書き

18000HIT感謝!リクエストして頂いた雪様のみお持ち帰り可。雪様、またまた有難うございました!
 

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