astragalus2

□地獄のクリスマスツリー
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本日は冬至。現世はクリスマス直前で賑わう時期だが、此処八大地獄では年末の大掃除を全獄卒で行っていた。そんな八大地獄に冬はなく相も変わらず気温は高い。

最初は不慣れだったこの暑さも日が経つに連れ慣れ、そしてひたすら語りかけてくる大釜の付喪神にも慣れた頃、髪が邪魔だなぁなんて思いながら掃除していたのだが、

「西洋地獄はクリスマスパーティーってしないんですか?」

後ろからひょこっと顔を覗かせる唐瓜君に、大釜を金たわしでこすっていた手を止めた。

「しないよ?というか、私は年末に大掃除するっていう習慣があるのにビックリなんだけどね」

「えぇええっ!西洋ではしないんですか!?」

「……これぞまさしく文化の違いだよね。こっちでは春に掃除する習慣があるんだよ」

驚く唐瓜君に西洋文化について教えてあげようかなと口を開いた時、

「スプリング・クリーニングでしたっけ?」

唐瓜君がいるのとは反対側からひょっこり顔を覗かせた鬼灯さんの出現に驚きはしたが、彼の勤勉さに気を取られた私は「よくご存知ですね」と普通に尊敬してしまった。

「そりゃあ何かとそちらには伺いますし。文化の違いもある程度把握しておかないと、いちいち話が噛み合いませんからね」

「成る程……」

勉強になるなぁなんて思っている私を余所に、西洋文化について唐瓜君に話す鬼灯さん。役取られちゃったなぁなんて少々しょげる私の背中を誰かがちょんちょんと突っついた。

誰だろうと振り返ればそこには茄子君。どうしたのと聞けば「蓮華さんの実家ってクリスマスの本場なのにパーティーとかしないんですか?」との事。

彼も私と唐瓜君の話を聞いていたのだろうけれど、何故そんなにクリスマスが気になるんだと多少の疑問はあるが、しゃがんだまま体ごと茄子君へと向き直る。












「もちろん西洋にもクリスマスはあるけど、それは現世だけだね。だって私達悪魔がキリストの生誕を祝ってちゃ元も子もないでしょ?」

そう笑顔で答えれば、「あっ、そっか〜!蓮華さんって悪魔だったんだっけ!」と言われてしまい、なんとも複雑な気分になった。

そんなに私、悪魔に見えないのだろうか。…まあハッキリと目に見える特徴はないからね。それに拷問職から離れて長いし、事務仕事ばっかりしてるから丸くなったのかな?

「蓮華さんの性格からしてどちらかというと、天国に居てもおかしくないですもんね」

鬼灯さんの雑学話はとうに終わっていたのか、唐瓜君にまで言われてしまった。

「唐瓜君。それは地獄じゃ褒め言葉にならないよぉ〜」と笑って茶化せば「わわっ!スミマセンっ」と頭を下げる彼の頭を「いいよいいよ」と言って撫でてあげる。

それに、ある意味この二人にとって私は善良な存在として認識されているのだと思うと、それもあながち悪くない気がする。

「こっちはクリスマス行事はあるんですか?さっき閻魔様がサンタの格好してましたけど」

唐瓜君から視線を外して鬼灯さんに向き直れば、賽の河原の子供達へのプレゼントを持って行ったんだと教えてくれた。

「へぇ〜!それは素敵ですね。じゃあクリスマスツリーとかもあるんですか?」

「似たような物はありますけど、見たいですか?」

「あるんですか!鬼灯さん、私行ってみたいです!」

「では掃除の後、私も行く用事がありましたし、綺麗になった大釜で柚湯沸かしてる間にでも一緒に行きましょうか」

なかなか見ものですよ。と鬼灯さんのイチオシっぷりに、早く掃除を終わらせようと痛い痛いと泣き叫ぶ付喪神を無視して金だわしを握る手に力を込めた。













「…………で、これがクリスマスツリーですか…」

「まあ黒松の木ですけどね。掃除中亡者達は邪魔なんで括りつけたらこんな感じに」

「いや、これ絶対そう見えるように図ってますよね。いっそ観光地になればとか思ってますよね」

目の前にあるクリスマスツリーに似たオブジェにかなりドン引きしてしまった。さすがにイルミネーションとかはないだろうけど、飾り付けとかどんなのだろうと、うきうきしていたのに……。

「さすがにこのツリーの前では奇跡どころか願い事も叶いませんね」

「ああ、家に押しかけて来た泥棒を子供が撃退するやつですか」

「そこまで的確なコメントは求めてません。というか映画にも精通してるんですか鬼灯さん」

鬼灯さんの博識っぷりに溜息を吐きつつ再度ツリーを見上げたが、松の木に括りつけられた亡者達の表情を見て余計に気分は落ち込んだだけだった。

クリスマスという概念が西洋地獄にないにしろ、現世の風習くらいは知ってはいる。西洋は家族と過ごし、日本は恋人と過ごすというくらいだけどね。

日本に来た今、まあ…ほんの少し期待していたのだが呆気なくその期待は崩れ去った。…とはいえ、鬼灯さんの用があるという言葉を思い出し、

「連れてきてもらって有難うございます。確か鬼灯さんも此処に用があったんですよね?何かお手伝い出来る事ありますか?」

そう隣に佇む鬼灯さんに言えば、「その前に」と襟元に手を差し入れゴソゴソと探る彼になんだと首を傾げた。

そして長方形の木箱を取り出したかと思えば私の手を取り向かい合うように誘導された後、掌にその箱を乗せられた。

「………これは…?」

箱を乗せた鬼灯さんは私の手を離し、またクリスマスツリーに体を向け、

「……クリスマスプレゼントです。今日は冬至なのでまだ少し早いですが、その方がいいと判断しましたので」

そう小さく呟いた。…心なしか耳が赤いのは気のせいではないだろう。








「……鬼灯さんでもこんな事するんですね」

鬼灯さん自身、耳の赤みに気付いてはいるのだろうけれど、それでも表情を崩さないまま只黙ってツリーを見つめている。

そんな彼の小さな変化に申し訳ないと思いつつも堪えきれない嬉しさが笑いとなって溢れて来た。

クツクツと笑う私に視線だけを送る鬼灯さんの表情は、眉間に皺を寄せ睨んできているのだが、今はなんの畏れも抱く事は出来なかった。

「笑ってる暇があったらさっさと開けてください」

「ふふ、…そうですね」

ぶっきらぼうな言葉にも心温まりながら、言われた通り箱を開けた私の目に飛び込んできたのは綺麗な朱色の簪だった。

「綺麗…」

簪を箱から取り出した私は、嬉しさの余り目の前で色んな角度から見つめた。しかも飾りはこれまた彼の性格が滲み出ている、小さな硝子玉が連なる先には小さな鬼灯。

「掃除中もですけど、仕事中も髪が邪魔だなあなんて思っていたのバレてました?」

「よく右に左に纏めて流したり…というのは見てました」

「…やっぱり、鬼灯さんには私の考えてる事わかっちゃうんですね」

「…伊達に後ろの席を陣取ってませんからね。結い方、わかりますか?」

「いえ、…できればお願いしたいんですが?」

背を向けた私が束ねた髪を片手で持ち上げ、顔だけ振り返り言ったその言葉は多くを語っていない。

だが鬼灯さんなら、鬼灯さんに結って欲しい、という気持ちを込めて言ったのもわかってくれている筈だ。

鬼灯さんは髪を掬い器用に纏め上げた後、私の手から簪を取り最後に結い上げた髪に差し入れた。

「できました」と声を掛けられた私は振り返り、「似合いますか?」と聞けば、「だから買いました」なんて素直に似合うと言わない鬼灯さんだけど、

それさえも私が笑顔になる要素。










「地獄のクリスマスツリーの前でもとっても嬉しい奇跡、起きましたね」

「……大袈裟ですよ」

鬼灯さんは呆れながらそう言ってツリーの方へと歩き出した。わかりやすく照れる彼の仕草なんて滅多に見れないのだから、やっぱり奇跡と言ってもいいのではないだろうか。

「鬼灯さん、簪……大切にしますね」

先行く鬼灯さんに走って追いついた私は、隣で歩く彼に笑顔を向けた。ちらりと私を見下ろした鬼灯さんは、

「………わかりましたから…、私の用事手伝ってくれるんでしょう?」

「もちろん!何でも手伝いますよっ!」

そう言った私の頭に優しく手を乗せた鬼灯さんは髪の流れにそってゆっくりと撫でてくれた。思わぬ行動にドキリとしたのも束の間、

「では釜で沸かした柚湯に今から此処の亡者を放り込みますのでこの木から下ろしてください」

喜んでいた私は鬼灯さんの言葉によって石のように固まり立ち尽くす。私が止まった事で数歩先で歩みを止め振り返った鬼灯さんに、

「……拷問に対する鬼灯さんの熱意はこの世界中の誰よりも優れてるんでしょうね」

そう嫌味も込めて言ったのに、

「それ、私にとっては最高のクリスマスプレゼントです」

逆に激しくご機嫌になった鬼灯さんはその後、ツリーから降ろした亡者を柚湯に豪快に放り込むのだが、

今日の鬼灯様、機嫌悪いのかな。なんて見ていた獄卒の方々に言われるのであった。

本当はその逆、なんだけどね。それは私だけの秘密です。




オワリ



後書き

13000HIT感謝!リクエストして頂いた雪様のみお持ち帰り可。雪様、有難うございました!

そして補足

「家に押しかけて来た泥棒を子供が撃退するやつ」は映画ホームア○ーンの事です(笑)

 

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