astragalus2

□閻魔様主催の歓迎会
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「ええ〜、それでは蓮華ちゃんの歓迎会を始めるよ。みんなグラスは持ったかな?…じゃあ乾杯っ!」

閻魔大王様の声かけに一斉に集まってくれた獄卒の方々が乾杯とグラスを持ち上げて叫んだ。


――――今日は私の歓迎会です。


「蓮華さん、注ぎます!」

「ありがと唐瓜君」

グラスになみなみに注がれたビール。それを待ってましたと言わんばかりに皆がこぞって私と乾杯しに足を運んでくれる。

「いやぁ…、なんかすみません。私の為に」

「そんなとんでもない!いつも蓮華さんに世話になってるので」

「そうですよ!お気になさらずに。ささっ、グラス空いてますよ〜!私、注ぎますっ」

挨拶に加え一人一人と少しずつではあるがこうして話できるのは普段はあまりないのでなんだか新鮮だ。

日本地獄に来て早数か月が経ち、今ではなんとか仕事も軌道に乗り余裕も出て来た頃。閻魔大王様の一言で開催されたこの歓迎会。

「蓮華ちゃんの歓迎会忘れてた!」

そう職務中に声を荒げた閻魔様に鬼灯さんが金棒を投げつけたのは言うまでもないが、気を使って場を設けて下さった閻魔様に感謝の気持ちが溢れる。

鬼灯さんからは「終盤、お孫様の話をしだしたらすぐ帰りますよ」なんて言われているが、私としては聞いた事のないその話を密かに楽しみにしていたり。








「そういえば今日は鬼灯様はいらっしゃらないんですか?」

粗方全員と乾杯し終わった後、机を挟んで座る唐瓜君に聞かれて苦笑いを零す。

「まだ仕事が終わらないとかで、後で来るって言ってたよ」

「ええ〜鬼灯様、こんな日も仕事なんだ〜!」

「私も残るって言ったんだけど、主役は早く行きなさいって頭鷲掴みにされて叱られちゃった」

唐瓜君の隣に座る茄子君に前髪を上げて額を指差せばくっきりと残る鬼灯さんの指痕を見て、わかりやすく引いた反応が返って来た。

「鬼灯様、蓮華さんにも容赦ないよね」

「まあそこが鬼灯さんらしさだからね」

「蓮華さん、それは褒めてるのかけなしてるのかわかんないですよ」

「ええ〜そうかな〜」

「まあ蓮華ちゃんの言う事も一理あるわよね」

ふと私の隣からいい香りがしたと思えば、腰掛けたのはお香ちゃんだった。

「お、お香さんっ!」

唐瓜君があからさまに顔を真っ赤に染めて喜ぶのを傍目に見つつ、隣で微笑むお香ちゃんのグラスにビールを注いだ。

「そっか、お香ちゃんは鬼灯さんの幼馴染だから昔からよく知ってるんだもんね」

「まあ昔から変わらないから、鬼灯様は。でも蓮華ちゃんと出会ってからは少し柔らかくなった印象があるわね」

お香ちゃんの言葉に唐瓜君は首を傾げ、茄子君はうんうんと頷いた。

「何々〜、何の話?」

「あ、閻魔様!」

大きな巨体をどしりと私の隣に下した閻魔様に説明すると、嬉しそうに声を上げて笑った。





「そうだね〜。鬼灯君も蓮華ちゃんっていうお嫁さんをもらってからは柔らかくなったかもね」

僕の扱いは全然変わらないけど、と漏らした閻魔様に普段の鬼灯さんの素行を思い浮かべすみませんと苦笑いした。

「いやでも、昔に比べたらだいぶ丸くなったよ彼も」

「昔はもっとつんけんしてたんですか?」

「というより…あんまり距離を近づけたがらないというか、昔は色々あったからね〜鬼灯君も」

昔、というのはあまり二人の会話の中では出さない話題。彼がこの仕事に就く事になった経緯も、子供の頃はどんなのだったのか等は聞いた事がない気がする。

だから興味本位で聞いてしまった。

「鬼灯さんはいつから此処にいるんですか?」

「もう数千年前の事だよ。鬼灯君は子供の頃から此処にいるからね」

子供の頃…、というと鬼灯さんは現世での生は短かったんだな…。それはどんな理由があれど辛い話になってしまう。

そう理解した私は「だったらかなり長いんですね〜」なんてはぐらかしながら閻魔様にお酒を注ぐ。

「蓮華ちゃんはほんと、いいお嫁さんだよね」

「そんな事ないですよ?家に帰れば結構ごろごろしてますし」

「あはは!それが鬼灯君にとって、気を使わなくていいんじゃない?」

「そうだったらいいですね…」

私の意図を読んで下さったのか、閻魔様もそれ以上昔の話を蒸し返さなかった。鬼灯さんにはもう少し閻魔様に優しく、って後で言わないとね。

「あ!鬼灯様だ〜っ!」

茄子君の嬉々とした声に振り返れば鬼灯さんが草履を脱ごうとしている姿が目に入った。彼が来た事により閻魔様が一つ向こうにずれ、鬼灯さんの座るスペースを作る。

本当に鬼灯さん、何でこんなに優しい閻魔様に当たりが強いんだろ。





思いに耽る私の隣に腰を下ろした鬼灯さんは余程私の顔が気に食わなかったのか、座って即チョップを食らわせて来た。

「い、痛いじゃないですか!」

「阿保面下げてるので現実に引き戻してあげようと思いまして」

「もうちょっと違うやり方があるでしょう。鬼灯さんの馬鹿」

「……疲れて帰って来た旦那に言う台詞ですか、それ」

ジト目で言われ、そこでようやく残業帰りだという事を思い出した私は慌ててビール瓶を引っ掴み空いたグラスを鬼灯さんに持たせ注ぐ。

「お、お疲れ様でした…」

「普通はそうですよね」

「まあまあ鬼灯様。蓮華ちゃんも結構飲んでますからそのくらいにしてあげて下さいな?それよりも乾杯しましょ!」

お香ちゃんのフォローが入り鬼灯さんからのお咎めが止み皆で乾杯をした。乾杯後お香ちゃんに小声で礼を言えば悪戯っ子のような笑みが返って来た。

意図が分からず首を傾げれば「鬼灯様は蓮華ちゃんに労って欲しかっただけよ」と小声で言われ妙に納得した。

「さすがお香ちゃん」

「ふふっ、大変ね。素直じゃない旦那様は」

「そこ、何こそこそしてるんですか」

地獄耳の鬼灯さんに目敏く指摘され慌てる私を余所にお香ちゃんはお淑やかに笑みながら「女の子同士の内緒話ですよ」と切り替えす。

さすがお香ちゃん。鬼灯さんは未だジロジロと見てくるが溜息を吐いてお酒を飲みだした。そんな彼を見て二人で顔を突き合わせ笑った。

「鬼灯様と蓮華さんは新婚生活とかどんな感じなんですか?」

「へ?」

ふと茄子君に聞かれ素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな私を尻目に唐瓜君や閻魔様、お香ちゃんまでもが次々と気になると言い出し返答に困った私は鬼灯さんに視線を送った。

私の視線に気付いた鬼灯さんは一度私に視線を送り、グラスを机に置いた。










「そうですね。私自身家族という概念がないもので基準というのがわかりませんが…、普通ですよ」

「いや、基準わかってないのに普通っていう返し可笑しくないですか!?」

「唐瓜鋭いね」

「いや、気づくだろ!」

「蓮華さんは?新婚生活楽しい?」

やばい、結局私の方に来たではないか。

鬼灯さんを睨めば素知らぬ顔でビールを飲んでいる。ふと周りを見渡せば私達の新婚生活に興味津々と他の席の方々もこちらを見ている始末。

ここは当たり障りのない返答を…!

「そ、そうだね。もちろん楽しいよ?今まで一人で暮らして来た分誰かが居るっていう状況はやっぱり落ち着く、かな?」

「おお…、模範解答ですか」

「唐瓜君、そこはつっこまないで」

「家事は蓮華さんがしてるの?」

「それは分担、というか手が空いてる方がしますよ。共働きですからね」

鬼灯さんの言う通り鬼灯さんも私も徹夜続きの時もあるので、そういう日を除けば早く帰宅した方やどちらかが休みの日に家事をしてるのだ。

「お互い一人での生活が長いからね。だから二人共家事全般は何でも出来るから結構楽だよ?疲れてる時は何もしなくてもお互い理解してるから文句も言わないしね」

本当はもうちょっと部屋を片付けたいとか、料理もしなきゃとか思う所はあるんだけれど、鬼灯さんが無理しなくていいと言ってくれている分、本当に感謝している。

「へぇ〜!なんか大人って感じだねっ」

「お前はもうちょっと大人になれよ、馬鹿茄子」

「自立して間もない唐瓜さんが言っても説得力ないですけどね」

鬼灯さんの言葉が図星だったのかグサリと矢が刺さったような反応を見せる唐瓜君に思わず笑ってしまった。




「蓮華さんまでっ!酷いっすよ〜!」

「あははっ!ごめんね、なんか可愛くってつい」

「蓮華ちゃん、男の子に可愛いは可哀想よ?ね、唐瓜ちゃん」

「お、お香さ―――んっ!!」

「うるさい唐瓜」

話も弾めばお酒も進み、気が付けば閻魔様のお孫様語りも始まり楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「だから閻魔大王のお孫様語りが始まった時に帰ろうと言ったんです」

「だってぇ…、聞いてみたかったんですも―ん」

「こら暴れない」

ようやく解散になったのは深夜を過ぎてから。

自分の歓迎会というのもあり案外緊張していたらしくお酒のスピードがいつもより早いのは自覚していたのだけれど、

「でもまさかここまで酔うと思ってませんでしたけどね〜」

「それは私も同じですよ」

千鳥足の私は早々に見切りを付けられ鬼灯さんにおぶられている今、いつもだったら飛んでくる手は私を支える為に頑張ってくれている。

酒の酔いもあってかそんな小さな事が嬉しくて思わず笑みを零した。

八大地獄は暑い。けれど居酒屋の熱気に比べれば涼しく感じる夜更けの風が頬を撫で、今はとても気持ちがいい。

「今日はとっても良い気分です、…鬼灯さん」

「…それは良かったですね」

火照る頬を広い肩に乗せれば直に感じる振動と、酔いも合わさり突如現れた睡魔に襲われ目を閉じた。






「…鬼灯さん」

「はい」

「いつか…、聞かせてくださいね。…昔の事も」

やっぱり何か言い辛い事があるのだろうか。一瞬ピクリと身体を浮かせた鬼灯さんは小さく「面白くもなんともないですよ」と呟いた。

「…言いたくなければいいんです。ただ、」

「ただ?」

「貴方の事がもっと知りたい、と……そう思っただけなんです」

段々と尻すぼみになる私の声に合わせて、歩調を緩める鬼灯さんの優しさにどうしようもなく愛しさを感じる。

「酔ってますね、やはり」

「そうですね…。私は鬼灯さんに酔ってます…」

「っ、だから貴女はいつも何で……、」

鬼灯さんの言葉はそこで途切れた。それは私が睡魔に負けそうになっているのに気付いたからだ。正直もう声を出すのも億劫な私に、

「……いずれお話します。だから今はおやすみなさい」

低く、でも優しく伝えてくれた鬼灯さん。そんな声に酷く安心した私はそのまま睡魔に身を委ねた。

「…酔ってるのは私の方ですよ」

――――鬼灯さんが宙を仰いで吐き捨てた言葉は、眠りに着いた私の耳には届かなかった。

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