astragalus2

□あの日のプレゼント
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「鬼灯さん、それ…付けてくれてるんですね」

昨日の疲れが溜まり、昼まで寝ていたが所用の電話をかけた後ふいに掛けられた言葉に自分の携帯を見た鬼灯の目に止まったのは蓮華からもらったストラップ。

「そりゃあもちろん、貴女から頂いた物ですからね」

そう鬼灯が言えばふわりと笑顔を見せた彼女の頭を優しく撫でた。

「今日一日は何かしたい事はありますか?」

「えっと、……じゃあ地獄を案内して下さい」

「貴女も余程の仕事人間ですね」

そう言われてもと頭を掻く蓮華には、昨晩の営みの証である所有印が首回りに色鮮やかに咲いていた。

まだベッドから出ていない彼女はおそらく気付いていないだろうし、気付いたら気付いたで騒がれるのも目に見えていた。
しばらく考えて解決策に行き着いた鬼灯は立ち上がり箪笥へと歩み寄り、記憶を頼りにいくつかの棚を引き目当ての物を見つけ出した。


「……案内するのはいいですけど、今すぐこれを身に着けてください」

そう言って手渡したのは、

「ストール、ですか?日本地獄って暑いですよね?」

暑いのに何故と悩む彼女に、着けないと行かないと言えば文句も言わずその証を隠すように首に巻き付けた。
黒い髪に映える赤いストール。やはり暑いのか首元を緩ませる蓮華に、まあ見えないしいいかと自己完結し、仕度を始めた。








洗面所には色違いの歯ブラシ。彼女と共に住まう事になった際に新調した物だ。それにいつも通り歯磨き粉を付けて口に含み、ついでに彼女の分も付けて未だベッドに座る蓮華に手渡した。

「ありがとうございます」と言って口に含み歯を磨く。しゃこしゃこと歯を磨く音だけが部屋に響くが、その音が一つでない事に鬼灯は何とも言えない温かさを感じていた。

引っ越しをした次の日から仕事に明け暮れ、余りこういった緩やかな時間を共にできなかったというのもあるが、ようやく共に生活しているという実感が湧き出した。

眠気眼で歯を磨く蓮華は髪は所々跳ね、まさに寝起きの顔。鬼灯自身もそれは変わらないのだが、彼女のそれはどこか可愛らしく思えるのだから重症だと言える。

「惚れた弱み、って怖いですよね」

「なんれふか?」

「歯を磨くの止めて喋りなさい」

聞き取りづらいが意味は分かる。が、注意すれば、「あ、ほんとだ。普通に喋れる」と手を止めれば話せる事を発見した蓮華は至極嬉しそうに笑った。



「それで、どこを案内して欲しいんですか?」

口を濯ぎ寝間着から着替えた後に問えば、「行けてない所を主に行ける所まで」と答えた蓮華。

働き者なのは褒めてあげたいが、休みの日くらいしっかり休めばいいものを。と鬼灯は言いたいのだが、彼女にそんな言葉は通用しない。もし言ってしまえば、

「獄卒の方々に安心して仕事を任せてもらえる存在になりたいんです!」と絶対に熱く語りだすのだ。それ程までに彼女の忠誠心は凄まじい。

「ならデートがてら視察に行きましょうか。正直私も仕事は山のようにありますからね」

「わ!有難うございますっ……て、デートですか?」

「何か不満でもありますか?」

一瞬聞き逃しそうになったが、鬼灯は今ハッキリとデートと言った。人間界では動物園や居酒屋等には行ったが、地獄では初めてのイベントに視察も兼ねてはいるが心が躍らずにいられない。

「行きましょう視察デート!楽しみだなぁ!」

そうはしゃぐ蓮華を見て鬼灯が意味深に見つめていたが、着物選びに夢中な彼女がその視線に気付く事はなかった。












「こちらが焦熱地獄です」

「おおう…日本地獄は迫力がありますね」

眼前に広がる地獄絵図。西洋地獄とは違い、亡者に更生させる事が目的な日本地獄の処刑現場は見る者を怯えさせるには充分だな光景だ。

だがそんな光景を諸共せず感嘆する蓮華に鬼灯は気分が良くなり話す内容も段々濃いものになってくる。

「最近の獄卒はぬるいんですよ。亡者への拷問は短絡化してきて全く意味がない」

「ああ…、それは西洋も同じですよ?誘惑が本分なんで自ら行動する事は余りないんですが…、それでも自分で仕事を見つけない悪魔が多いんですよね」

「やはりそうですか。いやはやあの二人を見ているとそんな悩みすらないように見えてしまいまして」

「…たまに不毛な事してるな、と思いますがそれもまたご愛嬌ってやつにしておいてくれません?」

あの二人、というのはもちろんサタンとベルゼブブの事だ。上位の二人にとっては見る箇所も似ていて、地獄の案内から拷問の話になり、

しまいには鬼灯は現職場、蓮華は元職場の愚痴り合い、そして拷問の話。

「鬼灯さんの言う拷問の最上ってのは何なんですか?」

「そうですね…、私は主に肉体と精神両方に作用するのが好きですね。例えばこの前作った天罰鍋とか」

そんな会話をしながら闊歩する夫婦の様子を獄卒が見ているとは本人達は露知らず、声の大きさも気にせず話している為、内容が筒抜けになっていた。

天罰鍋ってなんだ、と聞いている誰もが心の中でツッコんだ時、

「あぁ、薬学もやってるってサタン様から聞きました!ふふ、なんでもサタン様を材料にしようとしたとか」

鬼灯様、怖ぇええええ!サタン様もあの人にかかれば獲物と化すのかあああっ!?と青ざめ驚愕する獄卒は同時にある事にも気がついた。

蓮華さん、あんた元上司の不幸を何笑って言ってんの!?という事だ。

しかも「サタン様あの時めちゃくちゃ泣いて帰って来たんですよ」と西洋のラスボスの恥ずかしい話を赤裸々に告白する彼女に、獄卒達は次元の違いを感じた。

後に「やっぱり蓮華さんは鬼灯様の奥様で地獄の第二補佐官を務めるだけの性根が座っている」なんて噂がたったのは、また別の話。









「おや、結構時間が経ってしまいましたね」

鬼灯の言葉に携帯を開いて確認すると、時刻はもうそろそろ定時の時間。

「……まさかの論議で時間、潰しちゃいましたね」

やってしまったと肩を落とす蓮華を見兼ねて鬼灯は彼女の肩に手を置いた。

「またいつでも案内しますよ。今日は元々休みでしたし、次回は本当に視察に行く際連れて行きますから」

「…そうしてもらえると助かります」

どこまでも優しい鬼灯に蓮華は素直にその言葉に甘え、笑顔を向けた。

今日だってもしかしたら家でゆっくりしたかったのかもしれないのに、こうして自分の我が儘に付き合ってくれたのだ。

いい旦那を持ったと改めて感じていた時、「では行きましょうか」と蓮華の手を取り歩き出した鬼灯に「どこに?」と呆ける蓮華。振り返った鬼灯は眉を顰め、

「こんなのでデートは終わりませんよ。食事でも行きましょう」

そう言ってまた手を引き前を向いて歩き出す鬼灯に蓮華は花が咲いたような満面の笑みで了承し、彼の隣に駆け寄った。


食事、と言っても昼過ぎまで寝ていたので時刻はもう夕方。ならばと居酒屋に行く事にした二人は案内された座敷に向かい合わせで腰掛けた。
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